第22話 宝の予感
俺と正一爺は家の裏手に回った。
家の影に隠れるようにして、ひっそりと建っていたのは、古めかしい蔵のような建物だった。
正一爺は、慣れた手つきで、蔵の扉にかかった南京錠に鍵を差し込む。
カチリと鍵が開錠されると、ぶ厚い鉄が、地響きのような低い轟音を立てて開かれた。
「中へ入るぞ」
正一爺は、蔵に充満する濃い闇の中へと、吸い込まれていく。
俺は「お邪魔します」と言い置くと、おそるおそる正一爺に続いた。
暗闇に視界を奪われ、なにも見ることができない。
埃っぽい空気に、思わず咳き込む。カビの土臭い匂いが、ツンと鼻を刺す。
蔵の中は、明かり一つも届かない洞窟の奥地のような、完全にこの世から隔絶された場所だった。
「はて、電気のスイッチはどこだっけかな」
正一爺の声が、蔵の壁で何度も跳ね返り、恐ろしい怪物のような響きをもたらす。
パチンッ。天井からぶら下がった裸電球が、チカチカと心許ない明かりを吐くと、蔵に充満した闇が、黒い布をめくり上げるみたいに、サッと散ってゆく。
そこにあったのは……埃を被ったガラクタたち。
色褪せた段ボール箱や、訳の分からない昔の玩具。
コスプレめいた変てこな洋服や、長い棒のようなものまである。
どうやらここは、正一爺の物置部屋として利用されているらしかった。
「おや、こんなところに懐かしいものが」
床のガラクタを蹴散らしながら、導かれるようにして、正一爺は蔵の隅の方へ移動する。
拾い上げたのは、写真立てに入った、一枚の写真。
ガラクタを踏まないように注意して、俺は正一爺の手に持つ写真が見える位置に移動する。
ふっと写真に積もった埃を吹き飛ばすと、そこに現れたのは、マントのような紺の服を着た、長身で若くハンサムな男性と、白のドレスに身を包んだ、いかにも美しい女性。
背後には、氷山のように白く照り輝く、白亜の城が見える。
二人は、仲睦まじそうに身を寄せ合い、力に満ち溢れた快活な視線を、こちらに向けていた。
「これは、勇者専門学校の卒業式の日に、橋の前で撮った写真だ。当時、婆やは学内で世紀の大魔術師と恐れられておってな。その美貌もあいまって、婆やに近寄れる者は、誰一人としておらんかった。まるで、戦場に孤高に咲く一輪の薔薇みたいな存在だったわい。
そんな中、学内で唯一、婆やと対等に渡り合えるワシとしのぎを削ってゆくうちに、婆やとワシは、いつの間にか、永遠のライバルから、最愛のパートナーへと関係を深めていった。
互いに抱えた孤独を打ち明け合うようにして、ズルズルと二人だけの世界を創り上げていった。ワシは、大勢から常に背中を狙われ追われる者の辛さ。婆やは、望まぬ力を身に着け敬遠される者の辛さ。自分にしか分からぬ傷の痛みが、それぞれあったからこそ、ワシと婆やは、心の深い所で、分り合えたのだ」
昔を懐かしむように遠い目をして、正一爺は、じっと写真を眺めていた。
「いかんいかん。昔話をするために、ここへ来たのではない」
正一爺は大切そうに写真を元の位置に戻すと、なにやらガラクタを漁り始めた。
……なんだか、予感がする。
肌が痺れるような、いまにも胸がうずき出しそうな、奇妙な感覚が、神田を襲った。
それはまるで、とんでもない代物が、すぐ近くにまで迫って来ていることを、第六感が告げているかのような……。
「あ、そうそう、こんな所にあったわい」
正一爺が段ボール箱から取り出したのは、埃まみれの薄汚れたネックレス。
「ええっと、あとは……」
錆びた銅のような色をした胸板。釘のようなもので打ち留められた腰当て。
それから、いかにも重たそうな、太くて長い鉄棒。
正一爺は、ホイホイとガラクタの中からガラクタを選び出すと、それらをドサッと俺の足元に並べた。
「どれでもいいから、触ってみるがよい」
「は、はい……」
俺は、おそるおそる、太い鉄棒のようなものに手を触れた。
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