第18話 問題の大元は……。

「正一爺さん」


「なんだ」


 その声色には、いまだ警戒の色が混じっていた。


「なにをやられているんですか」


 勇者の話題ではないと悟り、すっかり機嫌を取り戻した正一爺が、顔をホクホクさせながらこちらに向き直った。


「イノシシが山をおりて畑にやってこないように、こうして煙をたいておるのだ。野生の動物は、火をひどく恐れておる。ゆえに煙の臭いがあれば、あのイノシシはここを嫌って、いずれ別の住処を探して遠くの山へ移動する、そう思っとったんだが……」


 メラメラと燃える薪の山は、パチパチと激しく火の粉を爆発させ、灼熱によって周囲の空気を歪ませている。


「正一爺さんほどの実力があれば、イノシシなんて簡単に倒せてしまうのではないですか?」


「だめだ。罪のない山の獣を殺しては、絶対にならぬ。それでは、力のないものを一方的になぶり殺す、虐殺やいじめとなんら変わりはない。ワシの信条は、そんなこと到底許せはしない。奴らには、奴らなりの道理があるのだ。

 ……昔は、凶暴な動物とも、うまく棲み分けて、仲良くやっておったんだが。頻繁に暴れるようになった、その理由を知ることができれば、こんなことせんで済むのになあ。奴らと言葉を交わし話し合うこともできぬし、困ったものだのう」

 

 正一爺さんは、眉間にシワを寄せながら、背の高い火に薪をくべた。

 

 すると、黒煙にまかれた畑の方に、妙な光景を見た。

 

 土の中から、なにやら小さな生物が、ニョキニョキと無数に這い出ているのだ。

 

「どうした?」


「ちょっと、畑の方を見てきます」


「くれぐれも、狂暴化した獣には気を付けるように」 


 訝し気な視線を送る正一爺をよそに、俺は、ソロソロと生物の方へ近づいてみた。

 

 そこにいたのは……ああ、ニンジンやブロッコリー、キャベツやトマトなど、様々な種類の野菜を模った、精霊たち?

 

 野菜姿の精霊たちは、ゴホゴホと苦しそうにむせながら、土をかきわけ太陽の下へ這い出てくる。


「ったく、誰だよ、煙撒いたのヨオ」


「これじゃあ、ロクに息もできねえじゃねえかヨオ」


「摘まみだセ!」


「そうだそうだっ! 摘まみだせっ! 摘まみだセエェ!」


 精霊たちは、ヘリウムガスを吸ったようなキンキン甲高い声で、口をそろえて文句をたれる。


 ああ、まったく。俺の見る精霊は、どうしてこうも揃って、ダサく弱々しい見た目をしているのだろう……。

 

 すると、次第に精霊たちの様子に異変が生じはじめる。

 

 体表が脱色したように白く濁り始め、精霊から生えた葉やら根やらが、シナシナと干からびてゆくではないか。


「アァ、枯れてきちまった。枯れてきちまっタァ」


「おれたち、もうおしまいダゼ」


「土へ帰るゼエ。達者でな、達者でナァ……」


 そう言い残すと、ついに精霊たちはシナシナと畑の上に打ち倒れ、それきり動かなくなってしまった。


 俺はさらに精霊のもとに近づいて、様子を確かめる。

 

 そこにあるのは、食べることもままならない、水分の抜けきった野菜の残骸だった。

 

 薪の火から発生した黒煙が、野菜の精霊たちの発育を急速に妨げ、ついには枯らしてしまっているのか。

 

 風の影響により、畑の作物がある場所には煙が届くことは無い。

 だがしかし、山側の植物たちは、余すことなく煙を浴びて、きっと甚大な被害を被っているにちがいない……。


「……あっ!」


 次の瞬間、俺の脳裏に、とある仮説が浮かんだ。


 たしか現代日本でも、野山から降りてきた野生動物が、人の住む地域で猛威を振るう事例があったはずだ。


 俺の仮説が正しければ、巨大なイノシシが畑へ降りてきて、狂ったように暴れまわる原因は、きっと……。


 すると、視界の隅になにか動くモノが映って、たちまち俺の思考は断ち切られてしまう。


 畑の最端、ちょうど山と畑の境目の位置に、古めかしいカカシが、こちらに背を向け突き刺さっている。

 そのカカシが、両手に握りしめている赤と白の旗を、まるで旗振り合図みたいに、小気味よく振っているのだ。

 

 バサッ、バサッ、バサアァ……。

 ボロい絹の服を着て、藁帽子を被ったカカシが、昼間の日差しに照らされながら、機械めいた動きで、ぽつねんとひとり紅白旗を振っている。

 

 カカシが動くはずはない。ということは……カカシの精霊? 

 ああ、奴は一体なぜ、あんな所で、奇妙なマネをしているんだ?

 

 俺はため息交じりに、カカシの許へ近づいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る