第17話 過去の栄光
「勇者になるために、この世界へ堕ちてきたんじゃろう?」
「……はい。自分の意志ではないですが、一応、そんな説明を受けました」
「じゃったら、爺やのはなしはとても参考になるはずじゃ。時代は違えど、封鎖的な場所ゆえに、おおよそのことに変わりはないはずじゃ。ほれ、爺や、いや、第31代目勇者よ、若き有望な戦士に、知恵を授けてやれ」
正一爺は、おにぎりをゴクンと飲み込むと、不承不承に切り株から立ち上がり、腕を組んだ。
一文字にかたく結ばれた唇が、今、ゆっくりとほどかれる。
「たしかに、ワシは勇者専門学校を首席で卒業し、大天才ともてはやされた、正真正銘の勇者だったわい」
正一爺のよく発達した背中から、まるで後光のように、太陽の光が差していた。
ああ、勇者、勇者ッ!
俺に課せられた最終目標。デスゲームの唯一の勝者。
この世界に渦巻く、何千何万もの人間の頂点に君臨した男。
それが、驚くべき正一爺の正体だったのだっ!
「ワシはとっくに引退した身。身も心もおいぼれ、もはやあの頃の面影は、どこを探したって見つからない。過去の栄光なんぞ、語るほどのものでもないわい」
勇者だなんて、胸を張って誇るべき称号なのに、どうしてこんなにまで、己の過去を語りたがらないのだろう……。
陽光に照らされる、ぶすっとした正一爺の表情からは、毅然とした男のプライドのような冷たさと、なにか内に秘めた怒りのようなものを感じた。
「ワシはそろそろ火をたいて、煙をまかなくてはならん。またイノシシが暴れおったら、堪ったものではないからな」
そう言うと正一爺は、半ばやけくそで残りのおにぎりを食べ、そそくさと立ち去ってしまった。
「勇者なんて皆、中身のない、伽藍堂な人間だ。決して煌びやかな人種ではない。変に自身だけを身に着けた、裸の王様だよ。この世界を支配する勇者至上主義が、数多の屍と報われない敗北者を生み出していることを、絶対に忘れてはならん」
諦念にも似た、そんな言葉を吐き捨てながら。
「気を悪くしたら、ごめんなさいね……」
梅子婆が言葉を詰まらせながら、俺に頭を下げた。
「そんな、いいんです。こんなすごいお二方に出会えたんですから」
「あの人、なまじ才能があるもんだから、常に最前列に立って、厳しい競争の風に晒されて。そのせいで一時期、ものすごく心を病んでいたのよ。それからというもの、勇者を祀るこの世界について、異常なまでに懐疑的になっちゃって。今ではああやって、自分の過去や勇者について口を開くことすら、毛嫌いするのよ」
そうだったのか。
たしかに成功者は一見、幸福に満ちている様に見えるが、その実、成功者には成功者なりの、我々凡人には想像もしえない苦悩や困難があるのかもしれない。
なんだか、勇者になる、ということを甘く見過ぎていた。
たった一人の勝者をめぐる、生き残りをかけたデスゲームは、予想以上に辛く、きびしいものなのだ。
「まだ病み上がりじゃ。過度な負荷は体によくない。あとの仕事は、こっちに任せてよいから、あなたはしっかり休むんじゃ。家の中も好きに使ってよいぞ」
「ありがとうございます」
畑の向こう側で、正一爺がジェンガのように積んだ薪に火をつけていた。
薪からは、モクモクと激しく黒煙が立ち昇っている。
煙は、空へ拡散すると、ゆるやかな風に乗って、黒々しい色を残したまま、山の方へ延びていく。
「ちょっと山の方を見てみたいんですけど」
「もちろん構わんぞ。くれぐれも遠くの方へは行かぬよう、気を付けるのじゃ」
俺は「ごちそうさまでした」と笹のおにぎりを完食すると、正一爺の方へ向かった。
ズズズと美味しそうに緑茶をすする音が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます