第16話 勇者専門学校

「さあ、遠慮なくお食べ」

 

 切り株のテーブルには、笹の葉の上に乗った、梅子婆特製のおにぎりが、ちょこんと並べられていた。


「いただきます」


 俺は一口パクリ。

 ……旨い。相変わらず梅子婆の手料理は、温かくて、格別だった。


「何から話そうかねえ、爺や」


 梅子婆と正一爺は、切り株に腰かけたまま、互いに顔を見合わせる。


「昔のことなんて、語るまでもないんだが……」


 顔を渋らせる正一爺。


 なんだか二人の間で齟齬が生じているようなので、ここは俺が間を取り持つことにする。


「梅子婆さんって、魔法使いだったんですか?」


 俺は単刀直入に、そう切り出してみた。


「そう、ねえ。正確に言えば、魔法使いとはちょっと違うの。もしかして、あなたも、異世界から来た人?」


「はい、そうです」


「じゃあ、きっとこれがわかるはずじゃ」


 梅子婆は、皺の刻まれた片手を、俺のおでこにそっとかざした。

 突然、手の中があたたかい光に包まれて、視界に浮かび上がったのは……。



ーーーー

津田梅子

○元・準勇者

種族:人間

レベル:72

攻撃力:130

防御力:100

素早さ:100


固有スキル<覚醒済>

魔導書読み


特殊スキル一覧

氷楼閣

絶対零度

湿度凝固

状態遷移

水ノ慣

水蒸気爆発

……

ーーーー



「どうじゃ。見えたかの?」

 

 ああ、その驚くべきステータスの数々に、俺は失禁寸前。

 奥歯をカチカチ打ち鳴らして、梅子婆の顔を穴が空かんばかりに見つめた。


「こ、これは、一体……」


 梅子婆は、遠くの空を見上げながら、昔を懐かしむようにして、穏やかに語り始めた。


「最初は、ただ魔導書に書いてある文字が読めるだけの、か弱い女じゃった。己の力だけでは、なんにもできん。レベルも低い。与えられたスキルは戦闘に不向きで、どうにもならん。出来ることといえば……そうじゃな、冒険者ギルドの連中が低レベルダンジョンで拾ってきた、ガラクタみたいな魔導書を翻訳することぐらいであった。

 まあ、それも結局、落書き程度のことしか書かれていなくて、ほとんど役には立たなかったがのう。

 そうして 冒険者ギルドに雇われ、魔導書の真贋を見分けるアルバイトまがいのことをしながら、細々と暮らしておると、ある時、勇者専門学校の使者から、私宛に通告があった」


「勇者専門学校?」

 

 初めて耳にする単語に、思わず聞き返してしまう。


「そうか、聞いたことがなかったか。勇者を育成する、この世界で唯一の学院。それが、勇者専門学校じゃ。

 ここへ行かぬ限り、どんなに素質を持って生まれた者も、勇者にはなれない。勇者になるための知識や術なんかは、中央集権的に、すべてここに集まっておるからじゃ。

 そこでライバル同士の熾烈な争いに勝利した者だけが、この世界に存在する、たった一人の勇者となる」

 

 なるほど。勇者になるためには、必ず通らなければならない、いばらの道。厳しき狭き門……。

 

 遅かれ早かれ、俺もその勇者専門学校とやらに、通うことになるのかもしれない。


「私はそこで、蔵書室で眠っていた古い魔導書を処分するため、内容を見分けて指定の区分に別けて欲しいと頼まれたんじゃ。うんと待遇が良くなるから、二つ返事で承諾したよ。そうして勇者専門学校で働いているうちに、私はとあることに気が付いた」


 俺は、パサついた唇を舌でなめて湿らした。

 知らず、緊張しているらしい。梅子婆のはなしが、ついに核心部分に迫ってきたからである。


「膨大な数の魔導書を読んだせいで、体が勝手に魔法の使い方を覚えてしまったんじゃ。本来魔法というのは、あまりに複雑な発動機構のせいで、魔法使いに類するスキルを持った者でしか使えるものではなかった。後天的に魔法を習得するのは、そのあまりの難易度から、不可能とされてきたんじゃ。

 だが私は、数多の魔導書に触れ、いままで誰も成し得なかったほどに、膨大な魔法の知識を得てしまった。そうして結果的に、わたしはただの『魔導書読み』から、稀代の魔法使いへ成長を遂げたんじゃ。

 その後、私は世にも珍しい魔法の力を見込まれ、すぐさま勇者専門学校で生徒として飛び級で入学。あれよあれよと試練をこなしていくうちに、いつの間にか、学院内で一二を争う実力を身に着けてしまったのじゃ」

 

 梅子婆は、ふうと溜め込んだ息を吐くと、淹れたての緑茶を美味しそうにズズと啜った。

 

 つまり……固有スキルが、とあることを切欠に、進化したということか。

 いや、偶然行った作業が、結果的に適切な訓練となり、それによって潜在的な能力が引き出されたといったほうが正しいのかもしれない。

 

 思い起こすと、梅子婆のステータスに<覚醒済>という文字があった。

 

 固有スキルとは、使い手の努力次第で、その真価を発揮できるか否かが左右されるのだ……。

 ぶ厚い雨雲の隙間から、うっすら希望の光が見えたような気がして、俺はすこしだけ、胸が軽くなった。


「結局私は、ある大天才に敗れて、勇者にはなれなかった。準勇者という、なけなしの称号だけを得て、とぼとぼ勇者専門学校を後にしたんじゃ。のう、大天才?」


 梅子婆は、緑茶をすすりながら、正一爺の方を向いた。

 正一爺は、眉をひそめながら、おにぎりにムシャムシャかぶりついていうる。

 

 ということは、まさか、正一爺は……。

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