第13話 万事休す!?
茶黒い毛色。常軌を逸した巨体。
天にも届きそうなほどに口元から伸びた、四本の鋭い牙。
いまにも食い殺してやろうと、暗い赤い炎を滾らせる、両の瞳。
イノシシッ! 森から現れ、たった数十メートル先にいる奴は、森で襲われた、あのイノシシに違いないっ!
イノシシはぶるっと体を巨体を揺する。
脳天や牙の先から、粉砕された木の粉が、弾丸のように散っていく。
規格外の巨体、それに、口から生えた特徴的な四本の牙。
間違いなく、地球には存在していない、化け物。モンスター。
……そうか。奴は、里山に住む野生動物などではない。
あの恐ろしい見た目は、異世界に蔓延るモンスター以外に、有り得ないではないか。
異世界に来て初めての戦闘が、こんなにも力の差がある、不利なものだなんて……。
するとイノシシは、息を荒げて、筒状の鼻先から水蒸気のような煙を吐き出す。
筋肉質な前足で、ガッガッと地面を掘る。イノシシの周囲に、砂嵐のような煙が舞う。
ああ、イノシシは、こちらに向かって猛烈に威嚇しているのだ。
「グアアアアアァァァ!!」
鼓膜が破れんばかりの咆哮。
イノシシから放たれた覇気が、地面を這って、神田の体を打つ。
逃げろ、逃げろ、逃げろ……。
神田の脳は、血が沸き立たんばかりに危険信号を送り続ける。
だが、体が動かない。赤く光る両の瞳に睨まれて、無残に萎縮してしまっているのだ。
バリバリバリッッ!!
脚の爪で地面を砕きながら、イノシシが突進してくる!
凄まじい速さで、四本の牙がビュウビュウ風を切る。
ああ、電気の走る鉄条網だなんて、もはやあの怪物の前では、紙屑も同然。なんの防御にもならないのだ。
イノシシとの距離は、見る見るうちに縮まっていく。
どうする、どうする……。考えるんだ、俺。
このまま突っ立っていては、奴の的になるだけ。
かといって、梅子婆を守る術も持ち合わせていない。
では、梅子婆と二手にわかれて逃げる?
……いや、それでは、どちらか一方が助かる代わりに、必ずどちらか一方が、犠牲になってしまう。
俺は素早くあたりを見渡す。
なにか盾になるものは……残念ながら見当たらない。
手元の鍬では、どうやったって、あの豪速の肉弾を防げそうにもない。
バリバリバリイイィィッッ!!
ついにイノシシが、砂煙を上げて、鉄条網に差し掛かった。
バチンッ、と稲妻のような音が弾ける。
四本の牙の表面に、いくつもの青白い光の条が、血管みたいに浮き出る。
イノシシは、痛くも痒くもないといった様子で、ついに鉄柵を破ってしまう。
ああ、やはり、鉄条網の高電圧ごときでは、イノシシの勢いを止めることができないのだ。
ここで万事休すか。
せっかく苦悩と憂鬱に満ちた地球生活を逃れて、異世界へ転生することができたというのに。
こんなにもあっさりと、夢見の世界は、終わりを告げてしまうのか……。
俺は、迫りくる殺気と、突き刺さるような風圧を肌身で感じながら、そっと、目を閉じた。
額に流れた一粒の涙を、陽の光がやさしく照らした。
「……下がっておるのじゃ」
今、横から何か聞こえなかったか?
「いくら山のあるじ様とはいえ、これ以上の乱暴は許されぬ」
地の底から響くような、低周波のしわがれた声。
そっと目を開け、声のした方を見ると……。
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