第9話 精霊との出会い

 ……もしや、目の前にいるちっこい生物は、俺にしか見ることができない、精霊なのではないだろうか。


「ステータスオープン」



ーーーー

神田陽介

種族:人間

レベル:1

攻撃力:3

防御力:3

素早さ:3


固有スキル<状態:使用中>

精霊遣い


特殊スキル一覧

なし

ーーーー



 やはりそうだ。固有スキルの状態が変化している。

 つまり……『精霊遣い』が自動的に発動されることで、精霊の姿が見えるようになり、『精霊遣い』を使用することで、精霊から恩恵を受けることができる。

 それが、俺が得た固有スキル『精霊遣い』の正体。


 精霊が、緑のボンボンをキュッと体内にしまい込むと、もふもふの体毛へ飛び込んでいった。


 もふもふは、ふわーとあくびすると、なにごともなかったかのように、庭の方へ駆けて行った。


 もしかすると、あの精霊は、もふもふの体表に住み着いているのかもしれない。


 すると、もふもふの脱走を察知した爺が、大量の薪を背負いながら、和室に飛び込んできた。


「また脱走しおったな……って、おお! 立っておるっ! ムクッと立っておるぞっ! 足の痛みは、大丈夫なのか?」


「はい。おかげさまで、この通り、元気になりました」


 曲がった腰をさらに曲げて、俺の驚異的な回復力に度肝を抜かす老夫婦。


「改めまして、はじめまして。私は、神田陽介と申します」


「ええと……津田梅子じゃ。ほれ、ボケッとしてないで、爺やも挨拶せい」


「ワ、ワシは……津田正一ともうす」


 俺はお辞儀をした。二人も、ペコっと頭を下げる。


「お二人には、感謝してもしきれません。助けていただいたお礼に、なにかお手伝いできることはありませんか?」


 なぜだか二人は、戸惑ったように目を合わせる。


「鶴の恩返し……鶴の恩返しじゃっ!」


「婆や、もしやワシらは、知らずに鶴を助けておったのかもしれんぞ」


 えっと、なんのはなし?


「きっとそうじゃ。決して見てはならぬ。鶴様のお姿を、決して見てはならぬ……」


「あのう、つかぬことをお聞きしますが……あなたは、鶴ですか?」

 『いいえ』ときっぱり言ってしまうのもなんだか洒落てないので、俺は、鶴の真似をすることにした。


 えっと、鶴って、どうやって鳴くんだろ……。


「グ、グエェ! ググエェエッ!!」


 俺は、おっさんがえずいているみたいな、気色の悪い音を発しながら、両腕をバタバタ羽ばたかせて見せた。


 さっそく正一爺の手伝いをすることにした俺は、江戸時代の庶民みたいな薄手の軽装に着替え、荒涼とした裏庭に立っていた。


「薪割は経験したことがあるかのう?」


「ありません」


 俺は、渡された斧を、グッと握りしめる。

 想像以上の斧の重量に、マッチみたいに細い腕が悲鳴を上げる。

 貧弱な上腕二頭筋が、ピクッ、ピクッと脈打つのが分かった。


「そうか。下がってみておれ」


 正一爺は、薪割台に薪をセットすると、斧を大きく振りかぶった。

 斧の刃がギラリと太陽の光を反射する。

 

 片腕っ! 

 ああ、信じられないことに、かなりの高齢に見受けられる正一爺は、片腕一本の筋力だけで、なんなく斧を持ち上げてみせたのだ。

 

 ズドンバリッ!!

 

 振り下ろされた斧は、薪を真っ二つに粉砕する。

 斧の刃の勢いは、留まるところを知らず、ついには薪割台を貫通してしまう!

 

 あたりに土煙が舞う。

 正一爺が操る斧の刃によってズタズタに引き裂かれた木材の下の地面には、ガスバーナーで焼かれたみたいな、真っ黒の傷跡が残っていた。


「ちと、力を込めすぎたかのう」


 服の上からでも判る……正一爺のよく発達した上腕二頭筋っ!!

 おそるべき腕力。何者なんだ、この爺。


「さあ、神田さんも、やってみるがよい」


 そんなこと言われても……。

 新しく用意された薪割台の薪を前にして、俺は、硬直してしまった。


「コツは、力を抜くこと。力もうとしてはいけない。斧の自重に任せれば、あとは勝手に重力が仕事をしてくれるはずだ」


 俺は、思い切り両腕を突っ張って、重たい斧を持ち上げる。

 斧の刃が頭上に達したところで、フッと体の力を抜く。

 

 ヒュンと風を切って斧の刃が振り下ろされた。

 狙うは、薪の中心線。刃が薪に触れる、その寸前。

 

 薪の上に、一枚の葉っぱが舞い落ちた。葉っぱの上に、なにかいる。

 ……白い羽を何枚も背中に生やした芋虫。

 芋虫は、羽をひらひら揺らしながら、こちらに顔を向けた。


「ヤア、ボクハ、イモムシノ、セイレイダ……」


 バリバリイィッ!!


 斧の刃が薪を引き裂く!


 芋虫は……生きていた。

 半分に千切れた葉の上で、プリプリに肥えた体を震わせていた。

 

 危なかった。間一髪のところで、斧の軌道を逸らすことに成功したのだ。


「ふむ、斜めに切れてしまっているが、初めてにしては上出来だ」


 正一爺は、奇妙な芋虫など見えていない様子で、薪割台の薪を手早く回収する。

 

 芋虫が薪割台の上にころんと転がる。

 

 ……そう言えば、この妖精、こんな見た目をしておきながら、喋ることができるのか。


「フ、フ、フンヌッ」


 憤怒? 芋虫が訳の分からぬことを喋ると、突然体が発光して……驚くべきことに、薪割台から次々と若い枝の芽が生えてきた。


「な、なんだこれはッ!」


 薪割台から物凄いスピードでニョキニョキ生えてきた青い芽は、みるみるうちに天にも届くほどの巨大な茎と枝へと成長していく。


 膝下ほどの高さだった薪割台は、いまや、どこにある木よりも立派な、大樹と化してしまった。


「不思議なことがあるものだ。やはり、あんたは……」


「鶴じゃありません。ただの高校生です」


 例の芋虫は、ああ、大樹のてっぺんにしがみついて、生い茂る葉をムシャムシャと美味しそうに食べている。


 なるほど、精霊の効果、それ自体は、こちらにメリットがあるものとは限らないのだ。 

 そして、その精霊が持つ効果自体は、俺の固有スキル『精霊遣い』によって発現されるまで、正体はわからない……。


「森の神様が、春の訪れの気配を喜んでおられるのかもしれんのう。そうだ、今度は、木の伐採を手伝ってもらおうか」


 そうして俺は、正一爺に連れられて、里山へ向かうのであった。

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