第8話 もふもふの恩恵

 バフンッ!


 とつぜん布団の上に、白い巨大な何かが降って来る。


「ばうばうっ!」


 それは……柔らかい白の毛をまとった大型犬。雑種だろうか。


「も、もふもふだっ!」


「ワン、ワン!」


 俺に沸き立つ興奮に呼応するかのように、真っ白なもふもふは、長い舌を器用に使って、ペロンペロンと俺の顔を舐め回す。


「アハ、アハハハッ!!」


 もふもふのなんとも言えない心地いい感触に、俺は思わず笑いが止まらなくなる。


「こら、待ちなさい。勝手に犬小屋を抜け出しちゃいけないよ」


 遠くからゼエハアと息を切らす婆の声が聞こえてくる。

 老夫婦が飼っているもふもふなのだろう。

 

 こんどは、白い毛を揺さぶりながら、もふもふが布団の中に潜りこんできた。

 もふもふは、俺の傷んだ大腿に体を擦り付け、容赦なくベロベロ舐める。


「痛い……くない? 痛くない、痛くないぞ!」


 あれほどの痛みが、嘘のように脚から消えて無くなっている。


「でかしたっ、でかしたぞ、もふもふっ!!」


「ワン、ワン、ワオウン!」


 不思議なことに、もふもふに体を舐められることで、くたびれ切った体が、すっかり元に回復してしまったのだ。


「コラ、お客さんの睡眠を邪魔をするんじゃありません!」


 怒鳴り声をあげて、婆が和室に飛び込んできた。

 よく調教されているらしいもふもふは、布団から飛び出ると、我に返ったように冷静になり、尻尾を振って婆の隣に座り込む。


「お怪我は、お怪我はございませんでしたか?」


「とんでもありませんっ。……だって、ほら!」


 俺はガバッと布団から立ち上がり、その場で足踏みをしてみる。


 ああ、本当に痛くも痒くもないぞ。

 これで、外を自由に歩き回ることができる!


「あら、まあ……」


 キョトンと驚く婆をよそに、もふもふがにこっと舌を垂らしながら、こちらめがけて飛び込んでくる。


「もふもふ、よくやった。偉いぞ、偉いぞー。アハハハッ!!」


「ワン、ワン!」


 尻尾をふりふり、もふもふは、俺の顔をペロンペロン。


 うーん、悪くない。悪くないぞ異世界はっ!


 すると、もふもふの体の一部に、不思議なものを見た。

 体毛の中に埋もれるようにして、なにか光っている物体があるのだ。


 拳ほどの大きさの光は、白い毛を透かして、絹のような色の光を放っている。


 ……体毛の奥から、なにか出てきた。

 生き物だろうか? 

 だがしかし、ノミダニにしては、あまりに体長が異なる。

 

 頭が出て、目が出て、手が出て……。

 

 もふもふの体毛から現れたのは、真っ白なラグビーボールに四本の短い紐を取り付けたような、奇妙な造形の生物だった。

 まるで手のひらサイズの米粒みたいな見た目だ。

 

 ぽちっとしたつぶらな瞳に、ゴマ粒のような口。

 よく見ると、なんだか可愛らしい見た目をしていた。

 

 やたら痒くなったのか、もふもふが後ろ足で豪快に体を掻きむしる。

 

 ちっこい変な生物が、ふっ飛ばされて、神田の足元にぽとっと落下する。

 

 目が合った。白い変な生物は、紐みたいな短い腕で、気まずそうに頭頂をかく。


「……は、はじめまして」


 俺は、なんとなく挨拶を交わした。


 すると、変な生物の腕の先が、緑色に光りはじめた。

 まるでチアガールのボンボンみたいに、緑の光は球状に膨れ上がっていく。

 

 キラン!

 

 鈴のような音を鳴らして、変な生物が緑のボンボンを振ると……たちまち俺の体が熱を帯びてくる。

 ああ、全身に力がみなぎってくるのが分かった。

 疲労した筋肉が、ギュッと引き締まっていく。

 細くなっていた骨が、強く太く育っていく。


「そうか……もしや君が、痛みを取り除いてくれたのかい?」


 キランキランッ! 

 『そうだよ』と言わんばかりに、変な生物は元気よく緑のボンボンを振りかざす。


「おや、誰とおはなしになっているんじゃ?」


 横でじっとしていた婆が、不思議そうに尋ねてきた。


「ここに、米粒みたいな変な生き物がいるんです」


 そう言うと俺は、足元を指さして位置を示す。


 婆は首を長くして、じっと畳の上を観察する。


「なにも、見えないんじゃが……」


 嘘だ。俺は目をこすって、再度たしかめる。

 キランッ! 間違いない。たしかにここには、緑の光るボンボンを持った不思議な生物がいるのだ。


「ほら、ここに。ボンボンを持った小さなやつが」


「決して目は老いぼれておらぬが……はて、やはり畳の上には、なにもおらぬように見える」


 見えていない。

 奇妙なことに婆には、この変な生き物の姿が、見えていないのだ。

 

 そこで俺は、ふと、ある可能性に気づいた。

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