第7話 これってスローライフ?

 そこに広がっていたのは……梅や松が咲く、よく手入れのされた庭。

 陽光に洗われた土の香りが、こちらにまでふんわりと漂ってくる。

 その向こうには、ひたすらに田園風景が広がっていた。

 視界を邪魔するものはない。青々とした田や畑は、まるで絨毯みたいに、景色に鮮やかな彩りを加えている。

 

 どこまでも澄んだ空気の先には、新緑を芽吹かせる里山が、どんと連なっているのが見えた。

 

 神田は、開け放たれた障子に広がる光景に、しばし言葉を失ってしまった。

 

 ……俺は、異世界へ転生したのではなかったか?

 異形溢れる王都でも、モンスター蔓延る洞窟のダンジョンでも、はたまた魔法学院が誇る白亜の城でもない。

 

 そこにあるのは、れっきとした、古き良き日本の田舎の風景だった。


「今日はいい天気じゃ。草木も喜んでおる。……そうじゃ、お茶ときび餅はいるか? きっと病み上がりの口に合うはずじゃよ」


「そうじゃ、そうじゃ、ワシもびわを採って来てやる。庭のびわは格別だ。きっと痛みも引くに違いない」


 そう言い残すと、二人は、足を引きずりながら颯爽と和室を出て行ってしまった。


 二人の様子を見ていると、なんだか時間がゆっくりと流れているような気がしてくる。


 ぽつねんとひとり和室に残された神田は、念のため、例の言葉を唱えてみた。


「ステータスオープン」



ーーーー

神田陽介

種族:人間

レベル:1

攻撃力:3

防御力:3

素早さ:3


固有スキル<状態:発動>

精霊遣い


特殊スキル一覧

なし

ーーーー



 視界に浮かび上がる蛍光色の文字。

 多少文字が変わっている部分があるが、大方、落下中に見た情報と変わりはなかった。

 

 こんなこと、現実世界で起こりっこない。

 

 やはりここは、異世界に違いないのだ。

 

 ああ、よりによって、どうしてこんな場所へリスポーンしてしまったのだろう。

 ここは、デスゲームの殺伐とした緊張感とは無縁の、長閑な田舎。

 

 ライバルに先を越されないよう、いち早く勇者にならなければならないのに。


「はあ……」


 俺は、声にもならぬ深いため息をついた。


 梅の木にとまった一羽のウグイスが、ほーほけきょーと歌うように鳴いた。


 和菓子と新鮮な果物を緑茶で流し込むと、俺は特にすることもなく、布団の中でぼうっと庭を眺めていた。

 

 他の十人は今頃、一体なにをしているのだろうか。モンスターを狩って経験値を稼いでいるかもしれない。

 もしかすると、既に勇者になるための訓練を始めている者もいるかもしれない。

 

 明らかなのは、俺が出遅れているということ。

 

 こんな所でじっとしている場合じゃないのに。

 言うことを聞いてくれない体がもどかしくて、俺は歯がゆい気持ちに苛まれた。

 

 そして……落下中に見た、あいつ。いじめの主犯格である、麦伏貴勅。

 たしか死ぬ間際、あいつは持病の発作を起こしていたような気がする。

 運悪く、あのまま逝ってしまったのだ。

 

 そして、よりによって、俺と全く同じタイミングで、異世界転生の権利を得た。


『広い世界だから、ここの中の誰かと会うかもしれないし、二度と会わないかもしれない。会った時は……まあ、ようく注意することね』


 変てこな天使の言葉が、ひび割れた鐘みたく頭に反響する。


 異世界に来てまで、あいつとは絶対に出会いたくない。いや、会ってたまるものか。


 俺は、固い決意を胸に滾らせた。


「ばうっ、ばうばうっ!!」


 なんだ? とつぜん縁側の向こうから変な音が聞こえてきて、俺の思考は途端に断ち切られる。

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