第6話 転生した先には……。
……目を覚まさんのう。大丈夫じゃろうか。
……息はしておる。わしらが看病を続ければ、きっと、よくなるはずじゃ。
……そうであれば、よいのだがのう。
うっすらと老夫婦の会話が聞こえてくる。
先とは打って変わり、一面暗い世界。闇の中をただよう魂だけの存在になったかのよう。
一条の光を見た。きっと、外から漏れ出る光に違いない!
俺は、光に触れようと、懸命に手を伸ばす。光を……捉えた!
「ハッ!!」
目を覚ますと、そこには、人の顔が大きく二つ、並んでいた。
俺の大声に驚いたのか、飛び出さんばかりに目玉をギョッとさせる、爺と婆。
木綿でできた柿色の服を着た婆に、よもぎ色の薄い布地の服を着た爺。
二人とも、江戸の庶民風の、実に古めかしい身なりをしている。
老いてはいるが、決してくたびれてはいない。
二人からは、健康的に年を重ねたような、分厚い年輪を思わせる印象を受けた。
視線を下に流す。
牡丹の絵が描かれた掛け布団が、足元にはあった。
あたりを見回す。イグサの爽やかな香りがする、畳の床。ていねいに和紙の貼られた、風情ある壁。
陶器の黒い花瓶に、寒桜が一朶、飾られていた。
背後には、小豆の詰まった枕まで置かれている。
「ええと……ここは、どこ?」
舌が硬く縮こまっていて、うまく発音できなかった。
「お、お、起きよったぞ!」
「これは、これは、奇跡じゃ! 天の神様は、そなたを見捨ててなどおらんかったのじゃ!」
爺と婆が、目に涙を浮かべ、歓喜しながら、俺の両肩をさする。
時間が経つにつれ、意識がはっきりとして、ようやく状況が飲み込めてきた。
俺は、変てこな天使のいる世界から、星みたいな勢いで落下して、どうやら気絶してしまったらしい。
おそらく、それをこの老夫婦が見つけて、看病してくれたのだろう。
「あの、俺はいままで……」
「そうか、覚えておらんのか」
爺が困ったように禿げ上がった頭をかく。
「朝起きて、作物の手入れをしようと外へ出たら、田んぼの中心に、あんたがベットリ泥に顔をうずめて倒れているのを見つけたんだ。驚くのなんの、ワシは急いでばあやを呼んで、あんたをこの家まで運んだ。その時のあんたは、青白い顔をしてグッタリしておって、なんだか今にも消えてしまいそうで、ワシらは冷や冷やだったわい。さいわい息は正常にしておったから、望みはあるとみて、ワシらは交代しながら、あんたの様子を一日中看ておったんだ。そしたら翌日、あんたは、こうして、息を吹き返したっ! なあ、ばあや」
「そうじゃよ。本当に助かってよかったわい」
婆は暖かい眼差しを神田にむけながら、ウンウンと頷いてみせる。
……そうだったのか。
もし、この老夫婦に見つけてもらわなければ、俺はかなり危なかったのかもしれない。
リスポーン地点は完全にランダムと言っていたが、まさか、田んぼのど真ん中にリスポーンするとは。
もしもリスポーン地点が、海の上や火山の上だったら……考えるだけでも恐ろしい。
不幸中の幸い、といったところか。
「助かりました。なんとお礼を申し上げればよいか」
俺は布団から立ち上がろうと、足を動かす。
「……うッ!」
刹那、電撃のような激痛が大腿に走る。
あまりの痛みに、俺は顔をしかめて、うめき声を上げた。
「無理に起きんでええよ。さっき目を覚ましたばっかりじゃ。体の関節や筋肉が回復するまで、ゆっくりここで休んどったらええ」
婆は優しく布団をかけ直してくれる。
俺は、痛む大腿をおさえながら、仕方なく布団にゴロンと横になった。
「そうだ、ばあや。疲れた体には、お天道様の光を浴びせてあげたほうがよいのではないかのう」
「そうじゃ、そうじゃ、爺やの言うとおりじゃ」
「待っておれ、いま外の景色を見せてやるからのう」
二人の老婆は、ヨイショと重たそうに立ち上がると、腰を曲げながら和室の障子を開けた。
ガラガラガラ……。
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