第4話 レベル1から始める異世界生活

 アトリーヌは、めんどくさそうに机の引き出しを開ける。


 中から取り出されたのは……サガミオリジナルッ!

 なぜかコンドームッッ!!


「あ、間違えた」


 コンドームをぽいと放り投げると、今度こそ取り出されたのは、瑠璃色をした奇妙な紋様が描かれた、宝石のようなもの。

 

 アトリーヌが宝石にフッと息を吹きかけると、たちまち宝石は、眩い七色の光を放って、俺の網膜を焼く。

 たまらず俺は腕で両目を覆う。

 

 しばらくして、宝石の輝きがおさまると、なんだか急に、胸の中央に妙な違和感を覚えはじめた。

 腕を下げうっすら目を開けると、ああ、信じられないことに、胸から緑色の光に包まれた球体のようなモノが飛び出しているではないか!


「なっ、なんだこれは……!!」


 サラリーマン風の男が思わず叫ぶ。あたりにザワザワッと動揺の波が広がる。


 それもそのはず、他の九人(アトリーヌによると十人?)の胸からも、様々な色の光を放つ球体のようなモノが、飛び出しているのだ。


「しばらくしたら文字が浮かび上がってくると思うから、まあ、各自読み終わったら仕舞っておいて」


 アトリーヌは、顔パックを貼りながら、呑気に美顔ローラーをコロコロさせて、そう言う。


 まるで卵を産むみたいに、球体は胸から外へ出ると、宙を浮遊して、神田の顔の前でピタリと静止した。

 緑の海みたいな球の表面に、うっすら黒い線で文字が浮かび上がってきた。


『神田陰介』


 俺の名前じゃないか。

 すると、黒い線は、水に溶け込むようにほぐれてゆき、新しい別の文字を形成する。


『精霊遣い』


 球の表面には、たしかに黒く細い線で『精霊遣い』と書かれていた。


「あ、そろそろ読み終わったかしら」


 いつの間にか出現させたパチンコ台の前に座り、ストゼロ片手に騒々しい音と光を浴びるアトリーヌが、気怠そうにそう言う。


「しまって、しまって。胸の中にキュって」


 アトリーヌは、自分自身に心臓マッサージをするかのようなジェスチャーをする。


 他の人たちの眼前にも、赤や黄、白、紫などの色をした光の球がポワンと浮いていた。


 俺は、『精霊遣い』と書かれた緑の球を両手で掴んでみた。

 案外、球は軽いようだ。そのまま球を胸に引き寄せる。

 

 球は胸の中にするんと吸い込まれた。

 まるで何事もなかったかのように、俺の体に異常は感じなかった。


「さあてと。そろそろ時間ね」


 アトリーヌは、ストゼロをグイッと飲み干しゲェと汚らしいげっぷをすると、秘書風の姿に変わって、こちらに向きなおった。


「今見てもらったのは、異世界に転生する際に付与される、固有スキル。使われることのなかった才能、いわば自分の中に眠っていた真の能力を、無理やり発現させたものよ。同じスキルは一つとしてないから、スキルの使い方や長所、短所なんかは、全部自分で見出す必要がある。異世界へ行って、うまく使いこなせるといいわねえ。あ、せっかくだから、ここで自分の固有スキルを教え合っても構わないわよ」


 ……誰も声を発さない。石になったみたいに、じっと佇むだけ。


 スキルを教え合う雰囲気は皆無である。

 手の内は容易に明かさない、ということか。

 

 ……既に始まっているのだ。生き残りを賭けた、デスゲームが。


「ふうん、お馬鹿さんの集まりって訳ではなさそうね。ちなみに、異世界にリスポーンする位置は完全にランダム。広い世界だから、ここの中の誰かと会うかもしれないし、二度と会わないかもしれない。会った時は……まあ、ようく注意することね。さあ、心の準備はいいかしら?」


 俺はゴクンと生唾を飲む。

 どこまでも広がる白一面の世界に、これまで味わったことのないくらいの、濃い緊張感が走る。

 

 まだ見ぬ異世界への畏れ。なんとしてでも勝ち上がって、勇者にならなければならないという、焦燥感。

 

 それらの黒い感情が、濁流の渦となって、俺の胸に押し寄せる。


「それじゃあ、レベル1からの異世界生活、スタートッッ!」


 天使アトリーヌが、可愛らしいキメ顔ウインクをかまして、指をパッチンと鳴らすと……。


 雲みたいな足場がとたんに消え、俺たちは真っ逆さまに落下した!

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