第3話 転生はですげーむ?

「本当のことよ、澤田健二さん。あなたは、会社ビルの窓ガラスに寄りかかった際、偶然窓がすっぽ抜けて、地上三十階から真っ逆さまに落下して死亡したの。……こうやってね」

 

 アトリーヌは、瞬時に男とまったく同じスーツをまとうと、背後に摩天楼のように巨大なビルを出現させ、純白の翼で最上階までひとっ飛び。そして……。


「あーーれぇーーーメエェェェ!!!」


 メエ?


 よくわかんない叫び声が、うっすら天から聞こえたかと思うと。


 グチャ……。

 スーツ姿のアトリーヌが、地面に打ち付けられ、臓物をこぼしてあたりを血の赤に染めながら、息絶えた。

 

 もはやそれは、人間の死体というより、赤い汁にまみれた、ミンチ肉めいた塊に見えた。


「キャアア!」


 先ほどの金髪ギャルが、唐突に見せつけられた惨状に、顔を塞いで泣き出してしまう。

 他の者もみな、こみ上がるゲロを必死に押さえながら、顔をそむける。

 

 ようやく吐き気がおさまって、ふたたび前をみると、惨状は跡形もなく消え、そこには秘書風のアトリーヌと例の机があるだけだった。


「これで、ようやく思い出したかしら」


「そんな、そんな……俺の輝かしい将来は、約束されていたのに。人生、まだ、これからだったというのに」


 スーツの男は、顔面を蒼白にしながら、肩を震わせ、バタンとその場で崩れ落ちた。


「念のため言っておくと……中村宏和さんは、サラダに混入してた寄生虫にはらわたを食い破られて死亡。石田智子さんは、千切れた電線に触れて感電死。神田陰介さんは、便器の封水で溺死……」


 俺だ。アトリーヌは間違いなく、俺の名を口にした。

 やはり、そうなのか。俺はあのまま、トイレの個室で命を落としたのだ。


「……宮崎尚さんは、箪笥の角にぶつけた小指が壊死して細菌が心臓に巡って死亡。池田三波さんは、故障したエレベーターの扉に挟まれ圧死。以上が十一人分、全員の死因。これでもまだ、わたくしの話を信じてもらえない?」


 いま何と言った? 十一人だって? 呆然と立ち尽くす人間は、俺を含めて十人に見える。

 数え間違いではないはずだが……。


 すると、快活そうな白髪の老人が、皆を代表するかのように、一歩前へあゆみ出た。


「わかった、もういい。あんたの話を信じることにしよう。それで、その、異世界なんちゃらっていうのは、一体、どういうことなんだ?」


 威厳ある態度でそう尋ねる。


 アトリーヌは、満面の笑みを浮かべると、待っていましたと言わんばかりに、ポンと手のひらを打った。


「よくぞ聞いてくれたわね。そんな不幸な死に方をした皆様に、わたくしが、大チャンスを差し上げましょう! 今からあなたたちは、モンスター蔓延る危険な世界へ、転生してもらいます。若い者も老いた者も、金持ちも貧乏人も。みんな平等に一からのスタート。ああ、羨まし。わたくしも貴族が飼ってるネコなんかに生まれ変わりたいわ」


 アトリーヌは、小指を鼻の穴に突っ込むと、掻き出した鼻くそをフッと吹き飛ばす。


 その場は、ふたたびシーンと静まり返ってしまう。

 皆、あまりに現実味のない言葉を、うまく吞み込めないのだ。


「あなたたちの目的は、勇者になること。そのために、モンスターを狩って狩って、狩りまくるのです」


 一瞬にしてハンターの格好に変化したアトリーヌは、「とりゃあ、とりゃあ」と左右から襲い掛かって来るドラゴンたちを、大剣でバサバサ切り倒してゆく。


「……え? こんなことできるわけないって? 心配ご無用。異世界にはレベルの概念が存在します。ゆえに身体能力は、レベルに基づくステータス値に依存する。年齢や性別はまったく関係がありません。た、だ、し」

 

 アトリーヌは元の姿に戻ると、急に怖い顔をして、『ただし』の部分をやけに強調して言った。


「勇者になれるのは、たった一人だけ。厳しいイバラの道を乗り越え、卓越した実力と運を兼ね備えた者だけが、勇者の称号を獲得するのです」


 それって、つまり……。


「じゃあ、ここに居る奴らは全員、味方じゃなくて、ライバルってことか?」


 田舎のヤンキー風の男が、拳をポキポキ鳴らしながら、声高らかに尋ねる。


「ピンポーン、大正解。はたして、この中の誰が、勇者になれるでしょうか。クックックッ」

 

 天使アトリーヌは、悪魔めいた含み笑いをしてみせる。

 

 ……勇者になれなかった者は、一体どうなってしまうのだろう。

 なんだか恐ろしくて、神田はそれ以上、考えるのを止めた。


 ゾワッとした寒気が背筋を走る。

 

 とたん空気がピりく。心なしか皆、互いに顔を合わせようとしない。

 

 天使の美しい見た目に惑わされてはいけない。

 

 ━━これは正真正銘、生き残りをかけた、デスゲームなのだ。


「……といっても、裸一貫で異世界へ放り出されては、いくらなんでも心許ないでしょう。そこで各々に、固有スキルを差し上げます」

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