第2話 ぐうたら天使
「アッハッハッハ! なにこの芸人、めっちゃおもろいんですけどっ。アハハハハハァ!!」
美を具現化したみたいな天使(いや、あの様子だと、堕落した天使、つまり堕天使か?)は、腹を抱えて、綺麗な瞳に涙をため、馬鹿笑いをしているではないか。
絹のような白い肌の細い手が、ポテチの袋を漁り、バリッ、ボリッ。
ケツを掻いて、食い入るようにテレビを見る。
俺を含め、名前も知らぬ十人の男女たちは、美しい天使がぐうたらな生活を送っている、という訳の分からぬ光景を見せられ、ただぼうっと突っ立つことしかできなかった。
「あ、あのう……」
すると、一番前に立つ、カーキ色のニットを着た、地味な中年男性らしき人物が、遠慮がちに声を上げた。
「ここは、どこなんでしょうか。僕らは、一体……」
天使が、ケツを搔く手の動きをピタッと止めて、こちらを振り返った。
……ああ、なんて美しいんだ。
見知らぬ人とあの世みたいな世界に閉じ込められていなければ、間違いなく俺は、目の前の天使に一目惚れをしていただろう。
「あ、そうだった。もう全員そろったのよね」
パチン、と指を弾くと、テレビとポテチはたちまち煙に消え……瞬時に、社長室のような豪華な机に座る、黒ぶち眼鏡とスーツを身につけた秘書風の天使が現れた。
「コホン。えー、みなさん初めまして。わたくし、異世界転生の運営を担当しております、天使のアトリーヌと申します」
さきほどとは打って変わり、慇懃な口調で、透き通る声を響かせる天使・アトリーヌ。
「みなさんの前に、わたくしが姿を現したということは……そう、お察しの通り、御神のご采配によって運よく選び出されたみなさまは、みごと異世界へ転生する権利を獲得したのです!」
とつぜん、俺たちの頭上に無数のクラッカーが現れ、パチンと祝砲を鳴らす。
スピーカーもないのに、わざとらしいファンファーレが高鳴る。
なんだか、馬鹿にされたようで、ちっとも嬉しくない。
「ちょっと待ってよ」
すると、金髪の若いギャルらしい女性が、腕を組みながら前に歩み出て、強くアトリーヌに尋ねた。
どうやら皆、俺と同じ感想を抱いていたらしかった。
「そんなわけのわかんない事よりも、いまの状況を説明してよ。なんで私たちはここへ連れてこられたの? あんたは一体、なにが目的なのよ」
アトリーヌはまったく動じないといった様子で続ける。
「あら、覚えていないのかしら。まあ、いいわ。時間はたっぷりとあるし、わたくしが教えて差し上げましょう。……あなたたちは、地球で死にました。それも、とびきり不幸な理由でね」
俺を含め、十人の男女たちは、雲の上みたいな不安定な地面に立ち尽くしながら、しーんと静まり返ってしまった。
やはり皆、薄々と勘づいていたのだ。ここは、死後の世界なのではないか、と。
けれど決して誰も口にしなかった。心の表の部分で、疑念を否定し続けた。
天使の説明が噓でもデタラメでもないことは、なんとなく心の奥底で、わかっていた。
……地球で死んだ。何気なくアトリーヌが放った、その言葉が、最後の望みで掴んだ藁をも焼き切る、会心の一撃となったのだ。
「う、う、嘘だっ! きさま、テロリストめ! そうやってデタラメを俺たちに吹き込んで、いつまでもこの広い部屋に閉じ込めておくつもりなんだろう! 身代金が目的だな? いいか、俺様の父は、警察署長と知り合いなんだ。日本の警察を本気にさせれば、貴様らテロリストなんぞ、あっという間に殲滅しちまうぞ。お、俺様に、指一本も触れるんじゃねえぞ!」
すると、高級そうなスーツを着ていかにもエリートサラリーマン風の若い男が、唾のしぶきをまき散らしながら、なにやら大声でわめきたてた。
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