【精霊遣い】は使いこなせれば最強のスキルでした。~レベル1からはじめる異世界ライフ~

東島和希🍼🎀

一部

第1話 不幸な転生!?

「いっせーのーせっ!」

 

 大量の水が、濁流みたいに上から降ってきた。

 

 逃げも隠れもできない。ここは、狭くて孤独なトイレの個室なのだから。

 

 ばしゃん。……寒いっ!

 全身が針で刺されたように痛む。

 髪からしたたる水でさえも、氷のように冷たい。


「はははっ、おもしれえ。ずぶ濡れ、ずぶ濡れえ!」 


 ドアの向こうから、数人のけたたましい笑い声が聞こえる。


 神田陰介は、寒さで身を震わせながら、歯を食いしばって試練を耐え抜くことしかできなかった。


 昼休み五分前を知らせるチャイムが鳴った。

 ドアの向こうの男子たちが、逃げるように一斉にトイレを出ていく……かと思いきや、踵を返して、こちらに戻ってきた。


 勢いよくドアが開かれる。そこに立っていたのは、クラス一のヤンキー、麦伏貴勅と、その手下二人。

 麦伏は、薄い眉の下から、ナイフで切ったように鋭い目を光らせて、こちらを睨む。


「おまえ、どんくらい息止めてられるんだ?」


 バッシャン! とつぜん、麦伏が俺の頭を掴んで、抵抗する暇もなく便器の封水に沈めてしまう。

 

 ……苦しい。息ができない。必死にもがくも、手下二人が体を押さえつけてしまい、神田にはどうすることもできない。

 

 水しぶきすらも上がらない。

 トイレの個室には、忍び寄ろうとする死の、不気味な静けさだけがあった。

 

 ……今までの苦痛が嘘であるかのように、フッと体が軽くなった。

 どうやら俺は、超えてはならない臨界を、超えたらしかった。

 

 薄目を開ける。下水管へと続く濁った汚水は、地獄の底みたいに暗く淀んでいた。

 

 ━━ウッッ、い、息が……く、くるしい……。

 

 ━━どうした兄貴!?

 

 ━━薬を、はやく、狭心症の薬だ……はや、く。

 

 ━━キョウシンショウってなんだよ兄貴、おい、しっかりしてくれよお。

 

 モワンとした鈍い響きを持って、そんな言葉が、うっすらと耳に届けられた。

 言葉の意味を理解する前に、俺の意識は、完全に途絶えてしまった。


 目を覚ますと、そこは……見渡す限り白の世界だった。

 

 寒さも、熱さも感じない。真空みたいに澄んだ空気。空気……。


「あっ」


 自然、大きな声を発していた。大事なことを思い出したのだ。


 ついさっきまで、俺は、便器の汚水で溺れていたではないか。


 それが今では……先の肺の閉塞感はどこへやら、実に楽に呼吸ができる。


 どうも状況が飲み込めない。

 死んだのか。死んで、あの世の世界へ飛ばされたのか。

 それとも単に、夢を見ているだけだろうか。

 

 うまく力の入らない足で、フラフラ立ち上がる。

 足裏から、自重の感触が伝わってこない。

 ゆえに、自分が浮いているのではないかという錯覚を覚える。

 

 霞んだ視界が、ようやく晴れてきた。

 ずっと遠くまで続く白の地面。周囲は白く靄がかっている。

 仕切りや壁はない。どこかの部屋、という訳ではなさそうである。

 

 ……俺の他に、誰かいる。それも一人や二人ではない。

 ぼんやりとして、はっきりと姿は見て取れないが、十数人くらいの人影が、俺と同じように、白い地面の上に立っている。

 

 本当にここは、どこなのだろう。

 

 夢の世界でないことは……徐々に悟ってきた。

 かといって、この状況を合理的に説明できそうにもない。

 

 妙な緊張感がある。

 徹底的に不快を取り除いた結果、不快がないことが最大の有害になってしまったかのような、そんな感じすらも覚えた。


「最後の人が、やっと目を覚ましたかしら」


 すると、どこからともなく、細く透明な声が降ってきた。


 次の瞬間、あたり一面の白い靄がサーと晴れる。


 完全に晴れた視界の先には……動揺を隠し切れないといった様子で、キョロキョロ周囲を見回す、年齢も性別もバラバラな十人。


 そして彼らは一様に、雲の上のような世界で、信じられない光景を目の当たりにした。


「アッハッハッハ!!!」 


 純白の翼を生やした、おそろしいまでに美しい容貌の天使が……あぐらをかいて、袋のポテチを貪りながら、テレビを鑑賞してゲラゲラ笑っていたのだ。

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