その27(夢)

 私は手を引かれながら急いで山道を駆けていた。村の外から来たという人にお願いをして、神卸しの儀式が始まる前に二人で村を抜け出す計画を立てた。彼が村に来る前に車を止めた、ハイキングコース入口の駐車場の方角の目星をつけ、準備が忙しく自分の警護が手薄になる儀式の二日前に、逃亡を決行したのだ。神卸の儀式が済んでしまうと、自分は神の一部となりこの村から一生出ることはできなくなる。自分という存在が消える前に、何としてもこの村から出たかった。確かにこの村は争いもなく、飢えることも、病気にかかることもなく、怪我に合うことすらめったになく、良いところなのかもしれない。冬は雪が降るけれど、不思議と部屋の中は暖かく、寒さに凍えることもほとんどなかった。

 だが、この村では私の将来はもう決められてしまっている。拒否をすることは絶対にできない。村のどこにいても見つかってしまうし、逃げられない運命だと自分でもなんとなくわかる。

 自分は子供のころから外の人たちから聞く、都会というところに憧れていた。夜でもキラキラと電気が輝き眠らない街。一度でいいから、自分の好きだと思う服を着て、コツコツとヒールを鳴らし、夜でも明るい街で遊んでみたい。村を守ってくれる女神さまは好きだし、優しい家族も大好きだけれど、それでも私はこの村から抜け出して、生きている実感が欲しいと思っていた。毎日、与えられるものを身に着け、与えられるものを食べ、与えられた本で勉強したり、与えられた楽器などで芸事を習う。そんな生活に生きた心地がしなかったのだ。


もうすぐで村の結界の外に出れる!


そう思ったところで、ふと足元が空を切る。不思議に思って下を見ると、そこに地面は無かった。夢中で走っていたからか道を逸れ、崖に差し掛かっていたことも気づかず、崖の端の藪に突っ込んでいってしまっていたようだ。落ちていく速度は速いはずなのに、地面に体が激突するまで、ずいぶんとゆっくりに感じた。確かにこの崖の下は村の結界の外である。だけど、生きて外の世界へ行ける保証はない。


せっかくここまでこれたのに...


そう思ったと同時に、身体に激しい衝撃を感じて意識が遠のいた。


 ふと意識を取り戻すと、救急車のサイレンがけたたましく鳴り響く音が聞こえた。救急隊が必死に自分の名前を呼んでいる声に交じって、愛しい人の名前を別の救急隊員が同じように呼んでいる。わずかに動く目で左手にある割れた鏡をみると、苦しそうな顔が映っている。彼女が必死に伸ばしてくる手をつかみたくて、自分も伸ばすが手は届かない。だんだんと遠のく意識の中で、愛しい人の無事だけを必死に願っていた。

 

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