その26
昨日の声の事が気になって仕方がなかったので、昼下がりに書庫で何か参考になるものがないか調べることにした。小梅に聞くとまた孝之さんが説明してくれそうな気がして、聞くに聞けなかったのだ。書庫に入ると、いつもより強めのお香の匂いが漂っていた。少しキツイ香りにクラクラとしたが、ここで部屋に帰るわけにはいかないと色々と探していると、この村の地図を見つけた。地図というよりは見取り図に近い、少し古ぼけた手書きのものだ。昨日歩いた道周辺は概ね変わっていなかったので、全体としても大きな変化はないのだろうと思う。この村は池を中心としてできており、昨日案内してもらったお地蔵様をふくめ、12体のお地蔵さまがぐるりと池を囲むように配置されているようだ。大岡家の土地が一番広そうだが、その他にも他より大きな家が5つあり、大岡家と薬師寺先生の家を除いて、各家が2体ずつのお地蔵様を管理していると脇に注釈が書かれていた。池とお地蔵様の間には、田んぼや小さな家が描かれているので、そこで農業などを営んでいるのだろう。地図を眺めていると、大岡家の下に小さな文字で何か書かれているのを見つけた。よく見れば、ひらがなで「あしだ」と書かれている。ひょっとすると、昨日の声の主は自分の苗字が芦田だから、ここに記されている人と、間違えたのかもしれない。なんとなく気味が悪かったが、ひとまずそれで納得することにした。
「あとで、小梅にきいてみようかな。」
そう呟いて、地図を棚に戻すと書庫の外で小梅の声がした。
「芦田様、少しお時間よろしいでしょうか?」
ちょうど小梅の事を考えていたので、あまりのタイミングの良さに驚いてすぐに返事ができなかった。一息ついて小梅に入る様に声をかけると、襖が開き村長さんが中に入ってくる。
「急にごめんなさいね。羊祭りに着ていただく衣装のサイズを合わせたくて、お時間を頂けないか伺いにきたの。」
部外者の自分にも衣装が必要なのかと不思議に思い、
「衣装をご準備いただけるとは...、ありがとうございます。ですが、私は部外者ですし、そっと端から見学させていただけるだけで十分です。」
やんわりと衣装の準備を断った。しかし、彼女は引き下がろうとせず、
「いえ、せっかく参加して頂くのですから、一緒に羊祭りを楽しんでくださいな。芦田様の衣装を準備できると、針子集も楽しみにしているのです。」
と言ってくる。楽しみにしてると言われてしまうと、無理に断るのも失礼なきがしてしまい、それならばと彼女に促されるまま部屋を出た。
以前、入ってはいけないと教えられた村長さんの自室に部屋に案内されたので、緊張しながら部屋に入ると、そこには見慣れない黒い着物の女性がいた。
「こちら、祭りの運営を任せている野田さんです。」
そう紹介された彼女は会釈をしてくれたので、自分も慌てて会釈をした。
「それでは...」
と、村長さんが話し始める。衣装の打ち合わせが始まるが、服の図面など初めて見たので、脇に完成イメージが書いてあるものの、内容が頭によく入ってこない。あくびが出そうになったので、慌てて話を聞くふりをして、失礼だとは思いつつ村長の自室を観察することにした。ふと、部屋の隅にある小さな箪笥の上に写真が飾ってあるのを見つけた。よく見れば、そこには、夏恋と自分、そして村長さんや孝之さんが写っている。
「えっ...」
あまりに驚いて、思わず声が漏れた。
「なにか気になる点でもありますか?カレン様。」
突然、野田さんにカレンと呼ばれて混乱する。自分は芦田由貴だ。そして、夏恋は事故でこの世にいないはず。そう、だって自分も一緒に事故にあっている。割れた鏡に写った彼女のあの、苦しそうな顔。彼女が必死に伸ばしてくる手。その指先をつかもうと手を伸ばすが、自分の身体も上手く動かすことができず、最後に握ってやることが叶わなかった。全て忘れたくても脳裏に焼き付いて、忘れることのできない光景だ。混乱のなか、だんだんと呼吸が荒くなり、意識がもうろうとしてくる。心配そうにカレンと名前を呼ぶ野田さんの声がだんだん遠くなり、すっと目の前が真っ暗になる中、慌てたようすで薬師寺先生を呼んできますと叫ぶ小梅の声だけがはっきりと聞こえた。
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