その23
他の道祖神様を紹介するといって、下岡家を後にすると孝之は再び足早に歩き出した。
「今日はあと一刻ほどでお昼の時間になりますし、家に帰る他の道すがらにお会いできる道祖神様をご紹介しますね。」
そう言いながら、彼が顔を向けた先の家の手前にひとつの小さい祠がある。近くによると、あの丸っこい形をしたお地蔵さまがいるが、黒い前掛けをしており、先ほどのお地蔵様とは少し様子が違って不気味に見える。思わず後ずさりすると、孝之に当たってしまい、慌てて身体を横によけて謝った。彼は気にする様子もなく、このお地蔵様について話し出す。
「この道祖神様は祭りをつかさどる神様で、野村家がお世話をさせていただいています。この野村家に古くから伝わる佃煮は、この道祖神様から教わったもので、村でもこの家を継ぐ者にしか伝えられていません。我が家も、野村家から分けてもらっています。」
そう言われて再び祠を覗き込むと、確かに黒い前掛けで不気味に見えたお地蔵様も、お茶目な顔をしているように見えてきた。あの美味しい佃煮を作り出した神様なら、怖いことはないのだろう。佃煮の事を聞こうと孝之さんを見ると、彼が道の先に顔を向けたので、つられてそちらを見る。目線の先には、道すじに同じような祠があった。
「あちらには、死をつかさどる道祖神様がいらっしゃいます。」
彼は平気な顔をして言うが、死という言葉に少し背中がぞくっとして、顔が引きつってしまった。私の様子を気にせず歩き出した孝之さんをあわてて追いかけると、彼は話の続きをしだす。
「ここにいらっしゃる道祖神様は、この村で死を迎えた生き物を等しく正しい道へと導いて下さる神様なのです。」
「死」と聞いて死神を連想し、身構えてしまった自分の浅はかさに恥ずかしくなる。等しく導いてくれる神様なら、きっと優しい神様なんだろう。確かに生きているものはいずれ死を迎える。死をもたらす神様ではなく、死を迎えたものを導いてくれる神様がいれば、迷い出る事も無くなるのだろう。そう思ってから違和感を感じ、足を止めた。導いてくれる神様がこの村にいるのなら、幽霊という存在はこの村にはいないはずだ。先に行ってしまった孝之さんを追いかけ、彼に今浮かんだ疑問を尋ねた。
「幽霊は確かにこの村にはいませんね。この道祖神様は、迷うことのないよう速やかに亡くなったものの元へ訪れ、導いてくれると言われています。残念ながら、生きているものは出会うことがないので、私もお会いしたことがありませんが。」
孝之さんの口調は、まるで他の道祖神に出会ったことがあるようだった。
「孝之さんは、他の道祖神様にはお会いしたことがあるんですか!?」
思わず、頭で思ったことがそのまま口に出てしまうと、彼はこちらを向いてにっこり微笑み、
「ええ、羊祭りでお会い出来ますよ。」
と、神様と合えることが普通であるかのように話す。その少し強引な物言いに恐怖を感じた。ちょうど祠の正面へたどり着いたので、これ幸いと祠の方へ振り向き、しゃがんで手を合わせ挨拶をしてから、お地蔵様を見据える。このお地蔵様はほぼ像の色と変わらぬグレーの前掛けをしており、ゆったりと目をつむって微笑むような口元がとても愛らしい顔をしていた。
こんな優しいそうな神様に迎えにきていただけるなら、死後の世界も悪くないのかもしれない。
今朝の夢に出てきた自分に語りかけるように、そう心の中で呟いて、ゆっくりと立ち上がった。
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