その22

 この村は30軒ほどの家が建つ小さな村で、半分以上の家は農業や畜産業等を営んでいるそうだ。村の運営に携わっているのは村長の一家を含めた6つの家で、そのうちの一つが医者でもある薬師寺先生の家だと、孝之さんは説明しながら少し早い速度で歩いていく。小走りになりながら彼についていくと、村の入り口にあるあの小さな黒い小屋に付いた。

「ここは、村の入口です。下岡さんが管理してくれている小屋で、ここにまつられている道祖神さまは、ふさわしい人とそうでない人を見分け、ふさわしくない人は村かに入れないように見張る役目をして下さっていると言われています。」

そう紹介されて、最初にみたあのお地蔵様をよく見ると、ふと違和感を覚えた。

「このお地蔵様って、目に艶のある硝子のようなものがはめ込まれていませんでしたっけ?」

違和感の正体が目だと思い当たり孝之に聞いてみると、彼は首を横に振り

「いいえ、全ての道祖神様は目を閉じておりますよ。」

と答えた。確かにもう一度よく見れば、あの日、光っていると思った目は閉じており、優しそうな穏やかな表情を浮かべている様に見える。小屋の奥には下岡家の人々が住んでいるであろう家が建っている。その家のまどから、ちらりとライトグレーのシャツを着た人影が見えた。

「そういえば、最初に介抱していただいた下岡さんにお礼をまだ言えてませんでした。あとでお伺いしたいのですが、彼が都合の良い時をご存じでしょうか?」

今度は、そう孝之さんに尋ねると、彼は

「今なら大丈夫でしょう。」

といって、玄関に向かいの呼び鈴を鳴らす。お礼を言いたいと思いはしたが、心構えができていなかったので、少し慌てながら孝之さんを慌てて追いかけ、玄関の前で彼の少し後ろに立つと、襟元をただす。

 少し間があってから、玄関に人影が見え、白いワンピースを着たふんわりとした雰囲気の美しい女性が出てきた。

「大岡様、こんにちは。どうかされました?」

そう挨拶をした彼女は、こちらをちらりとみて、まあというように手を口元にもっていくと

「もしかして、この方が例のお客様ですか?」

と孝之さんに尋ねた。

「ええ。私たちの客人、芦田様です。君のお兄さんに、助けて貰った時のお礼を伝えたいとのおしゃって下さっているんだ。今、彼は...」

孝之さんが最後まで言い終わらないうちに、女性の後ろからすっと下岡さんが出てきた。

「こんにちは。大岡さん。芦田様もようこそいらっしゃいました。良くなられたようで何よりです。立ち話もなんですし、家でお茶でもどうですか?」

そう提案され、慌てて

「あの晩は本当に助けていただきありがとうございました。今日は手土産も無しにきてしまいましたし、まずはお礼を申し上げようと思いまして。」

そう言って中に入るのを遠慮すると、彼は少し残念そうな顔をしながら、そうですかと答えた。突然、横にいる白いワンピースの女性が、そうだと思いついたような仕草をすると、

「良かったら、今度の祭りで奉納する、舞の練習を見にいらっしゃいませんか?」

と楽しそうに言う。

「我が家は代々門番のお役目を頂戴していますが、武芸をたしなむ為、剣を使った舞を奉納するのです。舞を舞う兄さまはとても素敵なのですが、本番は残念なことに面を付けるので、兄さまではないですし。だから!ぜひ...」

と彼女が言いかけたところで、下岡さんがこつんと彼女の頭を軽く小突いた。

「全くお前は...。」

彼は何か言いかけて一端口をつぐんでから、こちらを向き直り

「もし、午前中にお暇な時がありましたら、手ぶらで構いませんので、どうぞまたいらしてください。我が家の裏手にある道祖神様にも、ぜひご覧になっていただきたいので。いつでも歓迎いたします。」

そういって頭を下げるので、慌ててお礼を言って自分も頭を下げた。

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