その21

 目を覚ますと、珍しく横向きで寝ていたのか、畳に転がる薬師寺先生のお守りが目に入った。不思議な夢を見たのは、孝之さんから借りた童話を読みながら寝てしまったからだろう。

「芦田様、おはようございます。」

小梅の可愛らしい声が聞こえ、布団から起き上がって挨拶を返す。そういえば、小梅はいつも自分が目を覚ますとすぐにやってくるのは、何故なんだろう。用があるときは呼び出せるようにと、ナースコールのようなスイッチを貰ったが、使った記憶は殆どない。私がそんな事をぼんやりと考えている間に、小梅はてきぱきと朝の支度をすませ、朝食の膳を運び入れてくれた。朝食をここまで運んでくれる人は、姿をはっきりと見たことはないが、小梅と同じ桃色の衣装を着ていたように思う。もしかしたら、それがここで働く人間のユニフォーム的なものなのかもしれない。

 そこまでぼんやりと考えて、はたと箸を止めお膳に置き、自分の着ているものを見た。最近は慣れてしまって気にもしていなかったが、自分はここに来てからずっと、小梅が用意してくれる紺色の着物を着ている。何故、自分はこれまで着せてもらっていることに疑問を持たなかったのだろう。まるで今までずっとそうしてきたかのように、着せられることに身体が慣れてしまっている。そう考えると背筋がぞっとした。確か、着物の着方がわからないとは彼女に言った気がする。だが、それなら着方を教えてもらえばいいのに、何故、自分はさも当然の様に着せてもらっていたんだろう。最初は足のけがや病み上がりであったことを考えても、寝たきりで動けないわけじゃない。この村に来るまでは考えられなかった習慣が、無意識のうちに自分に沁みついていることに怖くなり、それ以上朝ごはんを食べることができなかった。


 朝食を残したことで小梅に心配されたが、運動不足だからお腹が空かないのだと言い訳をして、今日は村を案内してもらえないかと彼女に聞いてみた。

「わかりました。お客様を案内するには、一応、村長さんの了解を得ないといけませんので、少しお待ちください。」

そういって、彼女は足早に廊下の向こうへ消えていった。しばらくして、小梅は孝之さんと一緒に戻ってきた。

「おはようございます。本日の村の案内は、私がいたします。」

彼が丁寧に頭を下げて挨拶をしてくれたので、慌てて私も頭を下げてると

「お忙しいところ、ありがとうございます。」

とお礼を述べる。

「いえいえ、体験記をお願いしたのは私ですから、村を案内するのは当然です。何か解らないことがあれば、遠慮なく聞いてください。」

そう、彼はにこやかに返してくれたが、目が笑っていないように見えて、村を案内してほしいと言わなければよかったと、少し後悔した。

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