その19
いつもなら食べ終わって、小梅に膳を下げて貰う時間になっても呼び鈴がならないからと、彼女が心配して襖の向こうから声をかけてくれたところで、やっと我に返った。不思議といつもなら旺盛な食欲がわかず、小梅にお詫びをいいつつ膳をさげてもらうが、はたと昼食を少しまえに食べたことを思い出す。あれ?と思って彼女に
「変な事を聞いてすみません。今日はもう昼食を食べ終えていたと思うのだけど...」
と、聞いてみるも、彼女は心配そうな顔をして、本日の昼食はこれが最初だと告げた。
少し気恥ずかしくなりながらも、冷やしたタオルを持って来てくれたのは今日ではなかったかと聞けば、
「いいえ、冷やしたタオルをお持ちしたのは昨日です。」
そう、彼女は泣いたことには触れずに答えてくれる。
「のんびりと過ごしているから、時間の間隔がどうもおかしくなっているのかもしれません。心配をかけるような事を聞いてごめんなさい。」
心配そうにこちらを見る小梅に、苦笑いをしながら言い訳をして謝った。
小梅が部屋から出ていき一人になると、携帯の日付を確認した。確かに昨日より1日数字が増えている。どこから記憶がないのだろうかと、考えてみるがさっぱり見当がつかない。そういえば日記を書いていたなと思い出して、日記帳の2ページ目をみると、昨日の日付が記されたそのページには、今はもういないパートナーを思って泣いてしまった事と、小梅の優しさが嬉しかった事、スイレンの池を散歩したことが、自分の筆跡で書かれている。そして、夕食に出された豚のステーキに添えられたものが、また「アレ」に見えたが、よく見ればニンジンであった事が書いてあり、
どうやら自分は幻覚を見るほど散歩で疲れてしまったのかもしれない。もうちょっと体力をつけなければ。
といった感想で締めくくられている。
この日記を書いた記憶すらないということは、あまりにも夕食の事がショックだったのだろうか。確かにかなり気味の悪い幻覚であるが、記憶が飛んでしまうほどとは思えなかった。薬師寺先生のお守りを握りしめて、少し落ち着いてきたところで、忘れないうちにと今日の昼までにあった覚えてる範囲のことを、日記に綴ることにした。
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