その17(夢と思い出)

 その夜、私は東京の家にいる夢を見た。パートナーの夏恋かれんがまだ生きており、二人で初めて一緒にクリスマスの夜景を見に行ったが、人の多さに目を回して早々に帰ってきた。1か月前に同棲を始めた家で一休みした後、ささやかなディナーを二人で準備し、スパークリングワインで乾杯した日の夢だった。


 目が覚めると、今はもう見慣れた和室の天井が目に入る。あの頃の幸せだった記憶と、彼女はもういない事を思いだし思わず涙が流れた。

「芦田様、おはようございます。」

小梅の爽やかな朝を告げる声に、はっとして涙をぬぐい、布団から抜け出した。脚はもう痛みがほとんどなく、いつもよりもスムーズに起き上がれるようになった。小梅がいつもの様に用意してくれたタオルで顔を拭き、身支度を整えてもらうと、朝ごはんが運ばれてくる。

 今日の膳にも、あの佃煮があり、ああ彼女にも食べさせてあげたかったなぁと思うと、また涙がこぼれた。ふと、スマホに彼女の写真が残っていることを思いだし、小梅に朝食を下げて貰い部屋に一人になると、充電器につなぎっぱなしにしてあったスマホを手に取り、電源を入れる。しばらくして画面が明るくなり、パスワードを入力してロックを解除すると、彼女が亡くなってから見返すことのなかった写真のフォルダを開いた。二人で出かけた先の風景や、食べたものの写真が表示されるが、中々香蓮の写真が出てこない。そういえば、自分はあまり写真を撮るほうではなく、彼女がしきりに自分の写真を撮ってくれていた事を思い出した。どうして2人の写真を撮っておかなかったのか後悔したが、ふと1枚だけ彼女と一緒にテーマパークで撮った写真が出てきた。有名な撮影スポットにたたずむ二人は幸せそうに手をつなぎ、こちらに向かって微笑んでいた。このころにはもう戻れないのだと思うと、悲しさと寂しさがこみ上げてきて、声を殺してしばらく泣き続けた。

 いったいどれぐらい泣いていたのだろう。小梅が心配そうに襖の向こうから声をかけてきて、はっと我に返った。どんなに悲しくとも、腹の虫は非情にも私の気持ちを無視して喚きたてる。自分の腹の正直さにふと笑いがこみ上げ、泣くのを止めることができた。涙を拭いて襟元を整えると、小梅に大丈夫だと答える。

「そうですか。すぐ冷やしたタオルをお持ちしますね。」

と言って下がっていった。

 なんで冷やしたタオル何だろうと思ったが、ふとスマホごしに見えた自分の目が泣きはらしていることに気づき、小梅に少し強がっりを言ってしまった事を恥ずかしく思った。自分の顔はどう見ても、号泣した後にしか見えない。さめざめと泣いていたつもりだが、泣き声は廊下にも漏れていただろう。持ってきてもらった冷たいタオルが、とても心地よい。昼食を終えて、小梅に下げてもらうと、少しは運動もしないとと庭を散歩することにした。

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