その15
部屋で小一時間ほど休んだころ、薬師寺先生が部屋を尋ねてきた。
「先ほどはすまなかったね。足の具合をみたいのだけど、その前に体調の方はどうか教えてくれるかな。」
そういって、目を覗き込む様に尋ねてくる先生が少し怖いと思ったが、体長は問題ないことを伝え、脚を診察してもらった。
「うん。抜糸をしようか。最近は体内で溶けてしまう糸もあるようだけど、あいにくこんな山奥だからね。時代遅れの治療で脚に傷が残ってしまって申し訳ない。」
そう言いながら、先生は慣れた手つきで抜糸していく。塗り薬と経口の痛み止めを処方するから、痛みが強いようなら薬を飲むように言ってから、小さな紙の袋を手渡される。
「ああ、それから。これは気休めみたいなものだけどね。不安なときはこれを持っていなさい。私の家に代々伝わる、おまじないみたいなものさ。」
先生が手早く道具を片付け部屋を出ていくと、入れ違いのように村長さんがやってきた。
「芦田さん、今、お時間よろしいですか?」
そう、襖の向こうで村長さんの声がしたので、入ってもらうように声をかけると襖が開き、村長さんと見慣れぬ青年が部屋へ入ってきた。
「芦田さん、これは私の息子の孝之です。一度紹介しておきたく、本日はお時間を頂きました。」
そういわれて紹介された青年は、親子だと言われなければそうは見えなかった。水色の小紋が彼の薄茶色の短髪に良く似合っており、母親とは違う涼しげな目元をしている。彼は頭を下げて
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。孝之です。用事で家を開けておりました。どうぞよろしくお願いいたします。」
と挨拶をしてくれた。
「ご丁寧に挨拶をしていただきありがとうございます。芦田です。道に迷い、怪我をしたところを皆様に助けていただき、村長さんには大変お世話になっています。おかげさまでだいぶ良くなりましたので、数日のうちには下山できるのではと思っています。短い期間ですが、こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。」
慌ててお礼を述べると、彼は頭を上げてにっこりと微笑んでくれた。笑うと確かに口元が村長さんに似ていると思う。
「もうじき、羊祭りがありますので、もしお急ぎでなければそのころまでお泊りになってはどうでしょう?」
村長さんからの突然の提案に、これ以上お世話になるわけにはと断ろうとしたが、久しぶりの客人が来てくれて村も少し活気づいている。羊祭りは年に一度行われるが、外からの参加者はめったにいないので、ぜひ参加してほしいと懇願され、つい了承してしまった。
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