その14

 小梅に案内されて入った部屋は板張りの洋室で、テーブルと椅子が2脚用意されていた。先生はすでに席についていたが、私が部屋に入ると立ち上がって、

「急にごめんね。だいぶ体調も良いようだから、雑談でもしながら一緒に昼食でもどうだろうと思ってね。」

と、言いながら私に座るよう手で促した。

「いえ、ありがとうございます。」

そう私が答え席に着くと、これまでとは違ってコース料理の様に、一品目が運ばれてきて、配膳してくれた女性が料理名を告げる。

「ここには私と君しかいないから、マナーは気にせず気楽に食べてくれ。」

 慣れない空間に緊張して料理を見つめていると、薬師寺先生が声をかけてくれ、真似しやすいようゆっくりと、テーブルに並べられたナイフとフォークを手に取って料理に手をつけ始めた。先生の優しい気づかいに少し緊張も溶けたが、彼のこちらを見定めるような笑っていない目が妙に恐ろしく感じ、食べた料理の味はよくわからなかった。

 薬師寺先生は、出身や仕事の事、家族の事など色々と聞いてきたが、無理に聞き出そうとする様子はない。メインの料理が運ばれてきたところで、私はぎょっとして思わず席を立って後ずさった。

「どうしたの。大丈夫かい?」

心配そうな、しかし驚いた様子もない先生の声にはっとして、先生を見る。全身から血の気が引くのがわかり、ふらふらと床に座り込んでしまったので、先生が助け起こしてくれた。

 ゆっくりと椅子に座らせてもらい、小梅が差し出してくれた水を飲もうとグラスを受け取るが、手が震えて上手く水が飲めない。先生は私を注意深く観察しながら、水が飲めるよう支えてくれた。

「落ち着いたかな。どこか身体に異常を感じるかい?」

そうきかれて答えたかったが、上手く言葉が出てこず、代わりにゆっくりと首を横に振って、運ばれてきた皿の上にのっている「それ」を指さした。先生はさされたものを見て、首を傾げて尋ねてきた。

「ニンジンが苦手か、アレルギーでもあるのかな?」

「え…ニンジン?」

やっとの思いで声を出して、自分の指のさす先をみると、確かに肉料理にニンジンが添えられている。先ほどお皿に乗っていたおぞましいものは消え失せ、綺麗に焼き色がついた鶏肉のステーキには赤いフルーツのソースがかかり、茹でた小さなニンジンとブロッコリーが添えられた、美味しそうな料理が乗っていた。

「すみませんでした...。そういえば、ここに来てからニンジンを食べていなかったので、何か見間違えたのだと思います。」

 自分に言い聞かせるように言い訳をしたが、どうしても食事を続ける気になれず、先生にお詫びを言って退席させてもらい、部屋で少し休むことにした。

 部屋に戻る途中、後ろで「チリン」と鈴の音が聞こえ振り返るが、何もない。付き添ってくれていた小梅に、鈴の音が聞こえなかったか尋ねたが、彼女は首を横に振り聞いていないと答える。

「そういえば、荷物の中に入れていたお守りが見当たらないのですが、心当たりはないでしょうか?」

小梅にそう尋ねてみるが、彼女は申し訳なさそうに知らないと答え、荷物は運びこみはしたが誰も中には触れていないはずだと言った。

「ありがとう。もし、見かけたら教えてください。大事なお守りなんです。小さな白い袋に紫の糸で桜の花が刺繍されている、手作りのもので...。」

手でこれぐらいの大きさとジェスチャーしながらお守りの特徴を小梅に伝えると、彼女は頷いて落ちていたら拾って渡し、誰かが持っているのを見かけたら伝えることを約束してくれた。

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