その9

 庭に案内する前に入ってはいけない場所を教えると小梅は言って、踏み込んではいけない場所の前まで案内してくれる。村長さんの寝室とその隣の小部屋、小梅を含めこの屋敷に住み込みで働いている人の部屋がある場所も、招かれない限りは近寄らないほうが良いと教えてくれた。まあ、確かにプライベートの場所は誰しも立ち入られたくないし、むやみに自分も立ち入る気はない。炊事場は言ってはいけない場所ではないが、担当者がこだわりが強い人なので、極力近寄らない方が良いそうだ。最後に、庭園に向かって歩きながら、スイレンの池の中央にある建物と、その隣の東屋にも立ち入ってはいけないと教えてもらった。小梅たちも近寄ることは許されておらず、唯一入れるのは、村長と村長の息子、そして薬師寺先生だけらしい。


 小梅に案内してもらった庭園は、本当に見事であった。名のある神社や仏閣で見るような見事な作りこまれた庭に、うっすらと降り積もる雪と趣のある光景が広がっている。自分が寝込んでいる間に雪が降ったらしく、3月なのに梅の花に雪が積もる幻想的な雰囲気を漂わせていた。その奥に例のスイレンの池があると言って、小梅は楽しそうに池まで案内してくれる。途中でえんじ色の前掛けをつけた、寡黙な庭師が手入れしているところに出くわしたが、彼女は小梅の姉だそうだ。天真爛漫なイメージのある小梅と違った印象で驚いたが、言われれば、目元がどことなく小梅と似ている。姉と別れを告げた後、小梅が庭が好きなのは、自慢の姉が作り上げた見事な庭だからだと、少し恥ずかしそうに教えてくれた。

 スイレンの池に続く小道を歩いていると、見覚えのあるお地蔵様を祭る祠がぽつんと立っていた。可愛らしい丸いフォルムの、目が輝く不思議なお地蔵様は藤色の前掛けを着けている。その祠だけは雪が払われて、まるで雪など降らなかったかの様に綺麗で違和感を感じる。

「この像は、この村の女神様をお守りする道祖神様なんですよ。村には合計12体の道祖神様がいらっしゃるんです。」

じっとお地蔵様を見つめていると、小梅がそう教えてくれた。そういえば、この村に最初に来た時に、あの小屋にも同じようなお地蔵様がいたなと思いだした。何故だかこの地蔵に妙ななつかしさを覚えて、無意識に手を合わせる。

「待ってたよ。」

ふと耳元で可愛らしい子供の声が聞こえて、振り返るが、不思議そうな顔をした小梅しかそこにはいなかった。子供がいなかったかと、彼女に聞いてみるも知らないと、いぶかしげな顔で彼女は答える。気のせいだから気にしないでくれと彼女にい言って、枯れることのないスイレンの花が咲く池への案内をお願いした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る