その8

 点滴を外し、体調や傷の具合を診察してくれた薬師寺先生に、屋敷内を少し散歩しても良いか尋ねると、

「朝ごはんはちゃんと食べれたようだね。熱も下がったようだし、もう点滴の必要はないでしょう。脚の方も数日内には抜糸もできそうだね。無理は禁物だが、調子が良いようなら散歩などして、リハビリを頑張って。」

そう、言われほっと胸をなでおろす。ふと、先生が私の右手に目を止めて

「ちょっと、右手を見せてもらってもいいかい? どこかにぶつけた?」

そう言って手を見せるよう促した。先生に手を差し出すと、右手の甲の中央にうっすらと痣がある。

「いえ、起きてからはぶつけていないです。寝てる間も、ぶつけるようなものは周りにありませんし...」

「そうか。持病や血管が切れやすい等は?」

先生の問いに心当たりはないと返答すると、神妙な顔になった先生は、もし何か異変があれば直ぐに知らせるように言ってから、薬を小梅に渡して帰っていった。


 小梅が運んでくれた昼食は、川魚を焼いたものに、ほうれん草のお浸し、ご飯と味噌汁に、あの佃煮だった。妙に癖になるこの味が、何の佃煮なのか、何をつかってるのか気になり、膳を下げに来た小梅に聞いてみる。

「ごめんなさい。詳しくは私も知らないんです。この村に昔から伝わる佃煮で、あるお家の方が作ってるんですけど、中身や味付けなどは秘伝だそうで... でも、この村の大体の人はこれが好きで、その家から頂いているんですよ。」

「そうか、ありがとう。美味しいから酒のあてに良さそうだなと思って。購入して一杯やれたらなぁと。」

私が美味しいと言ったのが小梅は嬉しかった様で、飲酒の許可が先生から出たら今度はつまみとして出すよう、炊事場にお願いしておくと言ってくれた。


 膳を下げ終わった小梅に連れられ、屋敷の中を色々と案内してもらった。思ったよりも広い屋敷で、古い日本家屋のような作りで木々が黒く塗られており、屋敷の中は昼間なのにほんのり暗い。しげしげと眺めながら小梅についていくと、最初は村長さんの書斎に案内された。

「こんにちは。顔色も良くなられたようで良かった。様子を伺いに顔を出せず申し訳ありません。ちょっと仕事が立て込んでしまって...。でも、この村はあなたの事を歓迎しています。どうぞお好きなだけゆっくりとしてください。」

突然訪ねたにもかかわらず、村長は優しい声をかけてくれた。相変わらず美しい人だが、顔に少し疲れの色が出ている。助けてもらったことと、お世話になっていることの感謝を述べると、村長がこう提案してくれた。

「当家には、自慢の庭園があります。スイレンの花が一年中枯れない、「神の池」と言われる池もあるので、良かったらお好きな時に散歩してください。あと、屋敷内は基本的に自由に歩き回って頂いて大丈夫です。入ってはいけない場所は、小梅に聞いてください。古い書物ばかりですが、村の歴史などをまとめた本などがある書庫もあるので、ご興味があれば暇つぶしにどうぞ。」

 書物の持ち出しだけはしないように注意をされたが、読書は趣味だったので嬉しくなり、彼女にお礼を言って部屋を出ると、小梅に庭の後で書庫に案内してくれるよう頼んだ。

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