その5

 彼女が何を言ったか聞き返そうとして、口を開いたところで目が覚めた。目の前には知らない天井が飛び込んでくる。私は昨日遭難しかけて、偶然見つけた山奥の村でお世話になっているんだと、状況を思い出すのにしばらくかかった。

 状況を頭の中で整理して布団から体を起こすと、

「芦田様、おはようございます。お目覚めでしょうか?」

と襖の外から小梅の声がした。あまりのタイミングの良さに、監視カメラでもついているのかとあたりを見回すが、部屋には自分の荷物と布団、そしてスイレンの絵の書かれた掛け軸が床の間に飾ってあるだけだ。

「小梅さん、おはようございます。」

そう、襖の向こうに返事をすれば、入室しても良いかと確認される。慌てて、着替えるから待って欲しいと言って、もう一度部屋を見渡すが自分が来ていた服がない。

「お着替えは、勝手ながらお洗濯させていただいています。代わりのお着替えと朝の用意をお持ちしましたので、どうぞお使いください。」

そう、襖の向こうから返事があったので、それならばとお礼を言って急いで寝巻の襟を正し、入ってもらう様に彼女に伝える。手慣れた様子で、湯気の上る桶とタオル、そして着替えを運び入れた小梅が、ふと私の顔をみて心配そうに

「お顔の色が少し悪いようですが、お身体の方は大丈夫ですか?」

と訪ねてきた。そういえば目を覚ましてから、脚の痛み以外に熱っぽい様な体のだるさを感じていた。小梅には大丈夫だと伝えるが、念のため体温計を借りれないかと聞いてみると、直ぐに用意をすると言って、小梅は下がっていった。

 小梅がお湯につけて絞っておいてくれたタオルを使って顔と身体を拭き、さあ着替えようかと思ったものの、着物の着方がさっぱり判らなかった。途方に暮れていると、体温計を持って来たとの小梅の声がしたので、寝巻をもう一度はおり彼女にひとまず中に入ってもらう。体温計を受け取りながら、

「恥ずかしながら着物の着方が解らなくて... 厚かましいのですが、洋服を借りることはできませんか?」

申し訳ないと思いながら聞くと、

「申し訳ありません。お客様にお貸しできる洋服がこの屋敷には用意がなく...。もし体調が悪いようでしたら、本日はこちらをお召しになって下さい。」

そういって、肌触りの良い紺色の無地の寝巻を手渡してくれた。


 結局、少し熱があったので直ぐに薬師寺先生を呼んでもらうことになり、その間に食べれそうならと小梅がお粥を膳に載せて運んできてくれる。お粥の隣には昨日おにぎりに入っていた佃煮が一緒におかれていた。熱はあるものの、お腹は空いていたのでありがたくお粥を食べ、薬師寺先生には抗生剤を処方してもらう。傷口から細菌かウイルスが入ったからだろうとの事で、薬を追加で処方され、今日一日はおとなしく寝ているように言われてしまった。

「長期休暇をとっておいて良かった...」

 そう思いながら布団で横になると、薬が効いてきたのか直ぐに眠気がやってきて寝てしまった。

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