その2

 迎えの車が来るまでの応急処置として、彼が薬箱から清潔そうなガーゼを取り出し、水に浸して汚れた幹部を綺麗にしてくれ、止血をしてくれた。処置が終わるころに村長の遣いだという青年が二人現れ、丁寧に担いで車に乗せ、村長の家まで運んでくれる。車で5分ほどのところに、村長の家があるという。助手席に乗った青年は、その短い間も、気遣いの言葉をかけてくれていたが、足の痛みが徐々に増していたので、話の内容が頭にはいいてこない。あいまいな返事になってしまっていたが、青年は常にいたわる様なトーンで話してくれる事だけはわかった。

 村長の家に着くと、青年たちが担架で私を医者の待つ客間まで運んでくれる。客間に着くと、まず村長が

「この度は災難でしたね。私はこの家の村長の大岡美雪と申します。どうぞ、今晩は安心してここにお泊り下さい。」

と、優しい笑顔を浮かべながら、憐みのこもった口調で挨拶してくれた。彼女の丁寧に化粧された肌は滑らかで、艶のある黒い髪をスッキリと結い上げている様が、とても上品で美しかった。若くも見えるが、落ち着いた所作は彼女が積み上げてきた知性を感じさせる、年齢不詳の女性だ。藤色の鮫肌模様の江戸小紋に黒い半襟、黒い帯に白い帯締めと少し落ち着いた色合いの装いだが、その色が彼女の美しさを一層際立てているようにも見える。

「突然すみません。芦田由貴と申します。ハイキングで道に迷ってしまって... この村にたどり着けて良かったです。泊めていただきありがとうございます。一晩寝れば足も良くなるかとおもうので、この一晩、お世話になります。」

 村長さんに一瞬見惚れてぼんやりとしていたので、慌てて名乗りお礼を述べると、村長さんが少し驚いた表情になったような気がした。何か気に障ることでも行ってしまったかと謝ろうと口を開きかけたところで、脇に控えていた医者を紹介された。

「この村の唯一の医者の薬師寺さんです。こんな山奥の村で唯一の医者ですが、腕は確かですから、安心なさってください。傷を甘く見ていると、山の一部となりかねませんから、どうぞ許される限りこの村で傷を癒していってください。幸いこの屋敷には部屋の余裕がありますし。お好きなだけ滞在してってくださいな。」

 村長さんのこちらを見透かすようなまなざしと、「山の一部」という、独特な言い回しに背中がぞくっとする。薬師寺先生は直ぐに診察をし、処置を施してくれた。深い緑色のタートルネックが良く似合う、彫刻のような顔立ちの先生で、スマートな身のこなしと丁寧な処置のおかげか、痛くて目をそむけたくなるような場面のはずが、何故か目が離せない。ふと先生の顔を覗くと目の下のクマが酷く疲れた様子で、村の唯一の医者なら忙しいだろうに、手間を増やしてしまった...と少し申し訳なくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る