第5話 罠を仕掛けよう

 白い毛並みの子犬のようなオオカミ姿の銀星と雪女の装束に身を包んだあたしは、夜中の学校に張り込んでいた。

 実は夜の中学校に行って妖怪探偵社の張り込みをするといったらパパにぎゃあぎゃあ怒られて、あたしのパパとママと銀星のママが校庭で待っているという過保護な状態。


 なにかあれば助けに行くからなとパパはすごい顔であたしと銀星に念押しした。


 うーん、中学生だけど、半分は妖怪なんだし、夜に活動しても多少は許して欲しいんだけどな。

 でも、半妖でも人間世界で生きていくあたしたちは、やっぱり人間の決まりごとから大きく外れちゃいけないんだろうね。


 夜の学校ってすっごく静か。

 時折り、山の方で獣の鳴き声がして、それから夜の暗闇が大好きな部類の妖怪たちの楽しげで妖しい笑い声がする。


 あたしは半妖ってこともあるのか、夜より昼に行動する派だよ。


 夜って、そんなに晩くまで起きてられない。すっごく眠くなっちゃう〜。


 特に宿題をやっているとすやすやといつの間にか……朝まで超爆睡しちゃって。

 宿題を銀星に教えてもらいながら一時間目が始まる朝のホームルームの時間にこっそりやったりすることもあるんだ。えへへ……。


 校長室の鍵は銀星が尻尾で開けて、校長室の中に入る。

 うんっ、なんて便利な尻尾でしょう。

 でも銀星はどんな扉も開けられるわけじゃない。

 実際に鍵を見せてもらって尻尾が形状を覚えないと出来ないんだって。

 事前に校長先生に鍵を見せてもらったから開けられたんだ。


 校長先生は天狗の会合があるとかで山の天狗里に帰ってしまった。

 学校内にいるのは、銀星とあたしと狛犬のワン太とそしてそれから、……あの人影は、まっ、まさか!



「「茨木先輩〜っ!?」」

「やあ、こんばんは」

「なんで、茨木先輩! あんたがここにいるんだよ?」

「驚いた? フフッ、銀星くん、そんなに眉間に皺を寄せちゃって〜。まあ、なあに、俺は天狗に頼まれただけ。かなり前からの昔なじみなんでね。それに雪華ちゃんと夜に逢瀬が果たせ、守れるという大役なら断る気も起きないよ」

「茨木先輩。……茨木先輩って優しいんですね」

「優しいワン(雪華様にだけ特別)」

「そうだろ? 雪華ちゃん、君に相応しいのは銀星くんじゃなくってこの俺だよ」


 茨木先輩があたしの両手を握ってくる。

 すると――。


「ゆっ、許さな〜い! 今すぐ雪華から離れろ〜っ! 僕はあんたのこと1ミリも信用してないんだからなっ」

「ぎ、銀星」

「ふふふっ、やれやれ。手を握るぐらいの軽いスキンシップ、構わないだろう?」

「ガルルルルルルルッ!」


 あたしと茨木先輩のあいだに銀星が唸りながら割り込んで、べりべりべり〜っと剥がすようにあたしたちを離した。


「銀星、そんなに大声出したら犯人が勘づいて逃げちゃうよ」

「……まったく。雪華は隙がありすぎだよ」

「おや? ……誰か来るみたいだ」


 茨木先輩の声でハッとする。

 たしかに何者かの気配がする。

 校長室の鍵は内側からかけたから入れないはずなんだけど。


 あたしたちは机の影に体を隠して、様子を伺う。


 歴代の卒業アルバムが入っている大きな棚の下の空いているスペースに、あたしが絵麻ちゃんと作っておいた手作りチョコの山を罠で置いてある。


「なんでせっかくの雪華が作ったチョコをおとりにしなくちゃならないんだ」

「事件解決にあたしのチョコが犠牲になるぐらいなんてことないよ」

「……しっ。二人とも静かにっ。少し黙ってるんだ」


 小声のやり取りとは言え、もし耳の良い犯人ならあたしたちのことがバレちゃう?

 ごしょごしょと扉の方で声がする。

 どうやら一人じゃないらしい。


 ――えっ? どうゆうこと?

 内側から鍵をかけたはずの校長室のドアが派手な音をして開いた。

 ばたばたと足音をさせ、何者かが走り込んで室内に入って来る。


「いい匂いがするなめ〜」

「美味そうかっぱっぱ」

「一人一つよ」

「欲張ってはいけないのだ」

「んだんだ」

「じゅるり」

「甘〜い、いい香りしてるんだべな」


 たくさんの妖気が暗闇の校長室に満ちてくる。

 あたしは夜目の利く雪女なので、その様子がはっきりと見えた。

 明らかに人間じゃない容姿をした泥棒連中の姿があたしの妖力でくっきりはっきりと見える。

 あっ、ええ――っ!? もしかして犯人って妖怪なのっ!?

 泥棒たちはあたしの作ったチョコを大事そうに胸に抱えていた。

 一人ひとつずつ。

 

「チョコ泥棒! 観念なさい!」

「現行犯だ!」

「大人しくするんだ」

「捕まえるワンっ!」


 あたしたちはチョコ泥棒たちにいっせいに飛びかかった。

 大声に驚いて逃げ回る妖怪たちをあたしは両手から雪を繰り出し片っ端から氷漬けにしていき、銀星は妖狐特性クダギツネで縛り付け、わん太はスネをかじる。極めつけは茨木先輩が鬼の妖術で泥棒たちの足をカチコチの石にしていく。


「ぎゃあっ!」っと逃げ惑う妖怪たちが絶叫を上げて、あたしたちにやられた一人ずつ床に折り重なる。


「どうやらやっつけたみたいね」

「みんな、気を失っちゃったみたいだ」

「たいしたことない妖怪ばかりだな」


 一人……二人……三人……、全部で七人か。

 わん太がくんくんと泥棒の匂いを嗅ぎながら顔を見ていく。


「……この者たち!」

「えっ? えっとわん太の知り合い?」

「わたくし、知り合いでも友達でもありませんが、正体が分かりましたワンッ」


 ええっ! わん太って名探偵? 

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