第2話 鬼の茨木童子先輩は甘く甘く攻めてくる

「雪華ちゃん、おはよう」

「あっ、茨木先輩! おはようございます!」

「今日も来てくれて嬉しいよ」


 朝のホームルーム前の時間、人手不足の生徒会のお手伝いを頼まれたのであたしは茨木先輩と生徒会室に来たんだ。

 あたしは机に並んだ生徒会の定期誌の記事の資料をホッチキスで留めていくんだよ。


 生徒会の役員は何人かいるはずなんだけど、今朝は茨木先輩と二人っきり。

 ちょっと緊張しちゃうな。

 茨木先輩はスキンシップが多めの距離感が近い人だ。


「恋人でもない、なんとも思っていない相手とイチャイチャベタベタしちゃだめなんだからね」って銀星に怒られちゃうから、気をつけないと。


 怒った時の銀星のお小言お説教は長くて、聞いているのが大変。

 しかも、罰に数学のドリルとかやらされるし。

 学校は大好きだけど、あたし数学はちょっと苦手だな〜。

 国語とか歴史とか体育に家庭科は好きで得意なんだけど。

 


 茨木先輩とあたし、長いベンチ状の椅子に二人で並んで座ってる。


 茨木先輩はあたしの顔を横から覗き込んでから、手に手をさり気なく重ねてくる。


「雪華ちゃん、手が冷たいね。寒い? エアコンの温度上げようか?」


 そう言うと、私の手を両手で包み込むようにしてぎゅっと握ってくる茨木先輩。


 まるで付き合ってる恋人同士みたいに。

 あたしは茨木先輩のこと友達としては好きだけど、きっとカレシにしたい好きとはちょっと違うかな〜。


「だ、大丈夫です。あたし、雪女だもの」

「ふふっ、そうだよね。雪女は寒さに強いに決まってる。でも雪女だって温もりは好きだよね」


 茨木先輩にさり気なく手を触れてこられて。

 うーん、まあ嫌じゃないけどちょっと困っちゃうな。


 いつもは銀星が怒ってあいだに入ってきたりするけど、今日は銀星は学級委員の集まりだったかで委員会室に行ってる。


 あたし、こういう時自分でもちゃんっとかわしたりあしらったり出来るようになりたい。

 銀星頼みじゃなくって。


 茨木先輩だけじゃなくって、どうもあたしって力を狙う妖怪に言い寄られやすいみたいなの。


「あれ? 今日は副会長とかどうしたんですか?」

「ああ、彼女は風邪をひいたらしくて休みだよ」

「他の書紀の方とかは?」

「……ポスターを貼りに行ったりしてる。なになに? 雪華ちゃんは俺と二人なのを意識しちゃってたりするぅ?」


 ぐっと茨木先輩は顔を近づけてくると胸が騒がしくなるような変な気分になるんだ。

 なんだか甘い匂いがして、どきんどきんとする。

 あたしの心臓の鼓動がうるさくて脈が早くなる感じ。


「茨木先輩、なんかあたしに変な妖術をかけました?」

「うんっ? バレた? 俺にときめいちゃう秘薬の術さ。銀星くんがいないからちょうど良いよね。彼がいると俺の誘惑の秘術も効きが悪くて困るよ」


 茨木先輩の正体は茨木童子というすっごく力の強い鬼の妖怪なの。


 銀星に警戒心が足らないって言われるから、あたしはママに変な術から守る結界を張ってもらったのに茨木先輩の術がそれ以上に強かったのかな。


 心なしか、体が火照ったように熱くなってきたよ。


「雪華ちゃん、今日こそ俺と付き合おう? そうしたら妖怪の世界も人間世界も支配できるよ?」

「いやです。支配なんかしません」

「残念だな〜。うんって言ってくれたら君のこと操らずにすむのに」


 あやつ、る?


 茨木先輩からはチョコレートみたいに美味しそうな甘い匂いがただよって、さらに先輩の甘ったるい声が眠くなる呪文みたいに頭の中に入ってくる。


 追い出そうとしても追い返そうとしても、その甘々さであたしの思考を奪っていく。


「雪華ちゃん、大好きだよ。銀星くんなんか忘れちゃって俺だけを見て?」

「銀星? 銀星は大切な友達だから……」

「そうだよね〜、銀星くんは大切な友達だ。だけど俺のことは友達じゃなくってもっともっと大切な……」

「――大切な?」


 だめ、だめだ。

 茨木先輩の妖術で頭がポヤーンとしてきた。


「俺を……、俺だけを君の恋人にしてくれるだろ?」


 あたしは眠たくなってきて、ついつい茨木先輩の肩にもたれかかってしまった。

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