104.惑星ニレディア、桜咲く

「ユハナス君。寄ってくれる?」

「え?」


 突然の、シオンさんの発言。


「寄るって、どこに?」

「惑星ニレディア。私の故郷。ちょうど、通り道のはずだから」

「そりゃ、いいですけど。何の用です? ニレディアになんて」

「ん? 用ってより。私、ニレディアでこの船降りるわ」

「え?!」


 僕と、イデスちゃん。それに、シオンさんにひどくなついている娘のミリアム。


 みんなが、そのシオンさんの言葉に動揺した。


「ど、どうして?! ニレディアにいても、美味しいお酒も、美味しい料理も食べられないからって……。この船に乗ったんじゃないか、シオンさんは!」

「だからよ、ユハナス君。貴方は、その問題を解決してしまった」

「……?」

「アビスゲートの特定と、そこから出てくる宇宙悪霊の出力調整を。マイテルガルドの魔導皇ニールヘルズとの交渉で行えることになった事により。この宇宙の、富の総量は、跳ね上がった。富の元となる、悪霊粘土の絶対量が増えたから」

「……」

「かつて、富を得るために。宇宙悪霊が圧縮された形の、悪霊粘土を外部から購入しなければならなかった惑星ニレディアも。ぽつぽつと、自前の船で宇宙漁を開始して。あの、枯れ果てた綺麗な寺院惑星にも、若さのような物が再び宿りつつある」

「……それで、シオンさんは。ニレディアに帰って、何をしようというのです?」


 僕がそう聞くと、シオンさんは。

 杖でポコっと僕の頭を叩いた。


「あのね? 私は、今でも。ニレディアの高司祭のままなの。じっさい、ニレディアを最初に出たのって……さ」


 何かの、秘密を。明かそうとしているかのようなシオンさん。


「ニレディアのね、大司祭様から。特別に、私に対して命令が降ったからなの。この世の富の仕組みの秘密を解き明かし。ニレディアに、再び富をもたらせ。そういう命令がね」

「……シオンさん、そうだったんですか……」

「うん、そんな命令貰っちゃったもんだから。私は、ちょっと必死だった。それであの宇宙港で、見所のありそうな商人探しててさ。じっさい、ユハナス君は私が偶然、君の船に潜り込んだと思っているかもしれないけれど。本当の所、この私の人を見る目で、厳選に厳選を重ねた結果の、接触だったんだよ。あの、私の密航は」

「そう、だったんだ」


 僕が、少し考え込んで。声を切ると。

 イデスちゃんがシオンさんに話しかけた。


「シオン様。惑星ニレディアに戻った後は。ニレディアの再興に力を尽くされるのですね? お話を聞くに、シオン様はまだ。あの惑星ニレディアを深く愛されているようですから」

「……そうね。生まれ故郷というものはね。愛おしくて愛おしくて。なぜか捨てられない。そういうものなのかもしれない。私だって、あの貧しいニレディアより、豊かな星々を見て来て。貧相なニレディアの事なんて忘れたらいいのにって、自分でも思わなくないけれど……。忘れられないのよねぇ……」


 シオンさんは、そう言い。自分の手を握っているミリアムの頭を撫でた。


「ミリアムちゃん。元気にしてるのよ? もし、病気になったら。このシオンばあちゃんを心の中で呼ぶの。ミリアムちゃんが病気になったら、シオンばあちゃん、悲しいから。心の力を送るからね」


 ミリアムは、シオンさんからそう言われて。


「うーん!! ミリアム元気でいるよー!!」


 そういって、ニコニコ笑いをぶつけるのだった。


   * * *


「そっか……。ニレディアは、もう春なんだ……」


 惑星ニレディアの宇宙港。僕の、商売の最初の取引をした、港。

 そこに降り立った時、河川の堤に咲き誇る、見事な桜の並木が見える。


「ユハナス君。私たち、いいトリオだったよね。私と、ユハナス君と、イデスちゃん」


 なんだろう。顔には、しわが見えるし。声も最初に会ったころに比べて、錆のような物が加わっているシオンさんだけど。

 僕は、彼女の姿に。

 とてもきれいな聖女のような印象を受けた。


「勿論です。シオンさんがいてくれなかったら。様々な難事で、貴女が助けてくれなかったら。僕たちは、ひょっとしたら。こんな富を掴むどころか、途中で落命していてもおかしくなかった」

「ふふ……。それは、私に限らず。イデスちゃんこと、リジョリア・イデス号のブリッジで顔を合わせた人間すべてに言える事かもね」

「うん、そうですね。そうだ、そうに違いないです!!」


 僕と、シオンさんは。

 何だろうか、機嫌がよくなってきて。


 ノリよくハイタッチをした。


   * * *


「降りて……。しまわれましたね、シオンさんが」


 イデスちゃんが、ミリアムには乳酸菌飲料を。

 僕にはコーヒーを出し、自分の紅茶には、ミルクと砂糖を加えて。


 リラックスルームで。ちょっとボーっとしてる。


「僕ら、最初に戻ったね。イデスちゃん。最初は、二人きりで始めたんだ」

「ええ、ユハナス様。でも、今は二人きりではありませんよ」

「うん、ミリアムがいるね。それから、僕はあのころに比べて商人として大分やれるようになれた。結構な宇宙規模の私財も持ってるし」

「不思議ですね、本当に。ユハナス様もそうですが、このイデスも多くの物を得ました。何故得られたか。それを考えるに。答えは一つしか浮かびません」

「答え?」


 僕がそう聞くと、イデスちゃんはミリアムの僕と同じ色の栗色の髪を撫でて言った。


「私たちは、動いた。富を生み出すために、様々なものを得るために。とにかく、動くことを惜しまなかった。それが、全ての物を得るための、一番大事なこと。そう思えるのです」


 ……そうか。


 そうだよな。

 僕は。イデスちゃんの言葉に深く納得をした。


「さて、ユハナス様。アンゼルリング星系。いえ、私たちの始まりの星。カルハマス星系の惑星アーナムまで。もう少しです」


 イデスちゃんはそう言うと、僕の方を向いて。


 AIナビゲーションドールの容姿と、心持つ機械理性体の表情の合わさった。


 抜群の笑顔を向けてきた。

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