102.魔導皇の掌の上から

「くすくす……。全て上手く行ったようですね。流石です、ユハナスさん」


 あの後。マルテロがニルズハイムに用があるから送ってくれと言うので。

 まあ、僕とアルテム君の身内の喧嘩の延長にある物みたいな、あの太陽神大祭を軟着陸させるために、情報提供という意味で大いに力を添えてくれたマルテロを。

 マイテルガルドのニルズハイムに送り届けたとき。


 少し会話の席を持ったニール君が、そんな意味ありげな事を言うのだった。


「全て……? って、ニール君? どういう事?」

「ですから。僕のマイテルガルドからの輸出品目も主物理宇宙で売れているようですし、主物理宇宙に進むべき道を示し続ける、太陽神アマテラスの事も納得させられたようですし。僕の野心である、三界の連結連携。魔界ことマイテルガルド、現実界こと主物理宇宙、天界こと太陽の世界。その連結と連携の筋道を、見事にユハナスさんと……、そうですね、そのアルテムさんがつけてくれた。全くもって優秀ですよ、ユヴェンハザ家の人材は」

「……どういうこと? ニール君、あのアマテラス神を知っているようだけど……?」

「あっはは! 知っているどころか。奴らはかつてマイテルガルドの天にあって。マイテルガルドの地にあった我々とは、宿怨の間柄ですよ。我らマイテルガルドの魔人達に、力ばかりでなく心を持てと。やたらに厳しいことを言って来たり、または天人達を率いて、喧嘩を売りに来たり……。懐かしいなぁ……。あの者たち、今は元気にしているのだろうか……」

「え? ニール君、って? あのアマテラスみたいな化物と一戦かましたりは……。したことあるの?」

「はい、無論ですユハナスさん」

「そりゃ……、凄いな……」

「まあ、昔の事ですよ。魔界と天界の間に、緩衝材になるかのように。ジルガドの先祖の闇魔導司祭が、ユハナスさんたちの世界、主物理宇宙を作るまでの話です」

「僕らの宇宙ができてから。戦いは止んだの?」

「何を言っているんですか。止むわけないでしょう。その間に戦っていたのは、僕らではなく、ユハナスさん、貴方たちの世界の人間だった。それだけの話です」

「えーと?」

「富力を必要とする天人と、理知を必要とする魔人。その魂が、主物理宇宙に転生して。激しい戦いの中で、様々な技術を産み出し。様々な物理文明を作り。やがてそれは、機械になった。僕らが、機械を欲するのはそういう理由です。あれは富力と理知の結晶だから」

「まるで……。僕らの世界は工場か何かのようだね?」

「ははは。当たらずとも遠からずかもしれません。まあ、その論法で行けば。マイテルガルドは農園だし、天界は会議室ともいえますが」


 なるほどなぁ……。ニール君の頭の中身が、よく見えてくる、この会話。

 この魔導皇様は、こんなこと考えて、マイテルガルドを治めていたのか。


「ところで、ニール君。例のアビスゲートの宇宙悪霊の出力調整の事なんだけど……」

「え? ユハナスさん? 今の出力で足りないですか?」

「うん。主物理宇宙のみんながさ。結構やる気出してるんだ、マイテルガルドの富力作物の物質化に」

「まあ……。マイテルガルドの作物は、リアリティが凄まじいとはいえ。物質化レベルが低いですからね。言ってしまうのならば、主物理世界の砂の果実に含ませる、豊かな果汁。そんな感じですから」

「うん、まあ、ね。ヴァードゼイル星系を中心に、マイテルガルドの作物の種は、広まって行っているんだけど。それを育てるための悪霊粘土が不足気味なんだ」

「……そうですね。ジルガドに言って、アビスゲートのサイズの調整をさせます。宇宙悪霊の量が、そちらの主物理宇宙に、多く流れ込むように」

「ふう。良かった」

「他には、なにかしてほしいことはありますか? ユハナスさん。貴方は僕らの共同事業者のようなものですから。協力は惜しみませんよ」


 そう言ってくれる、ニール君。

 そうだな、この縁はありがたい。

 ニール君が初めて、まだ幼かった頃の僕らの営業する店に来た時。

 小さな汚い子供だと思って、追っ払ったりしないで、本当に良かった。


 あの、密入星系国者の子供として生まれたが、魔導皇としての気高い魂を持った。

 僕らの世界の最貧困層で産まれてきた、苦しんできたニール君を。


   * * *


「ルーニンさん。コレ相変わらずおいしい……!!」


 マイテルガルドを後にして、ヴァードゼイル星系に移動して。

 惑星ガズヴェリアに降下、ルーニンさんと親父に会いに来た。


「ん~? きまってるよ~! ルーニン印のさやいんげんだぞ~♪」


 ルーニンさんの家に回った時。

 彼女が自宅の裏で作っているという、農作物が出て来たけど。

 相変わらず、茹でたインゲン豆だった。この人は変わらないな。


「聞いてますよ、ルーニンさん。ご結婚なされたって」

「うん! この星の~、農政官の一人なんだ~。堅物だけど~、優しいよ~♪」

「はは……。ルーニンさんは、お金がいっぱいあっても。相変わらず土をひっかいているんですね」

「だって、すきだもん~♪ 畑耕すの~♪」


 幸せいっぱいだ、この人は。

 30歳になるまでは、実の父親に虐待されていたと言うのに。

 この人は本当に明るい。僕は、いつもこの人に和ませてもらっていたな……。


「ルーニンさん、このガズヴェリアには。数日泊っていくからさ。リジョリア・イデス号に、野菜を持ってきてよ。また、イデスちゃんが料理してくれるから」


 僕がそう言うと、ルーニンさんは目を輝かせた。


「イデスちゃんの料理~!! 久しぶりに食べられるんだね~!!」


 そういうと、納屋らしき建物の方に移って。

 大量の野菜をかごに入れてきた!!


   * * *


「おお、ユハナス。来やがったか」

「汚い言葉使いだな。品を持てよ、親父」

「バカヤロウ、俺がそんな柄か」


 親父とニメリア母さんが居を構えている、惑星ガズヴェリアの宇宙港近くの街。

 その親父の家の中で、僕と親父はウイスキーをグラスにいれて、ちょいちょい飲みながら話をしていた。


「俺は、もう。ユヴェンハザ・カンパニーには何の未練もないんだけどよ……。ユハナス、知ってるか? あのアルテムの餓鬼が、トイロニ親父に。お前の事をユヴェンハザ・カンパニーの役員として迎えるべきだと。いや、迎えたいから許可を出せと言っているらしい」

「知ってるよ。でもなぁ……。僕は、こっちのヴァードゼイル・シャルシーダ星系国家連合の商人だし……」

「ユヴェンハザ・カンパニーがこっちの方に進出する、そのきっかけと思えばいいんじゃないか?」

「うーむ……。まあ、とりあえず。このあと、シャルシーダ星系に行って、レウペウさんとマティアさんに会ってくる。その後、おじいちゃんの所に行くか。考えるよ」

「はっは。しかし、参ったぞユハナス。あのアマテラス神をね。宇宙最強の霊位を持つ神と、曲がりなりにも戦ったか。クソ度胸ついたろ?」


 顎髯と頬髯をなでながら、そんな事を親父が言うので。


「まあ、ね。僕はアマテラス神よりも、奥さんが怖いけど」


 僕はそう答えた。すると。


「違いねぇ。俺も、浮気は良くするが。実はニメリアが怖い」


 そういって、弾けるように笑ったので。


 僕もつられて笑ってしまった。

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