95.魔導皇の真意

「シトネ。準備はいいか? 私の船を無理に使わせて悪かったな」


 アルテムは、当日となった太陽神大祭で。

 恒星アマテラス宙域に、テラアース宇宙艦隊と共に訪れていた。


 むろん、捧げられる巫女である、シトネを伴って。


「うん……。覚悟はできてる、アルテム。きっと、この祭りが終わった時には、私は廃人になってしまっているけれど……。アルテムは約束してくれた。そうなった際は、自分の力で、不足のない生涯を私に送らせてくれると。本当に……、あなたは素敵ね」

「そうかね? まあ。いい男である自負はあるがね」


 そう言って、シトネと談笑するアルテム。


「アルテム。最近の貴方、笑うようになった。何かあったの?」


 アルテムたちの乗っている宇宙船である、クワィエット・システィマ号のAIナビドール、システィマが尋ねる。


「うむ。システィマ。私は、神里村の近くで。台風を目の当たりにした」

「台風? あの、天候現象の?」

「いかにもだ。自然エネルギーの無駄な浪費としか思えない、あの暴力的な風雨と雷鳴。その中で立ち尽くしていたのだが……。あれはいいものだな」

「え? いいものって?」

「豪勢なエネルギーの無駄遣いというものは、心を大胆にしてくれる。私は、あの台風の風雨を浴びたとき。心の封印をしていた壁が壊れた。私に術をかけたジルガドは言っていたが。私の心に施した心の壁の術は、私が望まなくなったときに自ずと崩れる、と。どうやら、その通りになったようだ。わたしは、効率性を求めることは止めないが……。無駄の用い方、というものを覚えなければならない。そんな事を思ったよ」


 そこで、アルテム、シトネ、システィマの三名は。

 恒星アマテラスの熱領域に設けられた、巫女の祭壇に目をやった。

 宇宙空間に、神里村の神殿形式の神木と要石で作られた舞台のような物が設置されている。

 それは、四面体のクリスタル・プレートで包まれていて。外部に中の空気が漏れないために、その中に立ってアマテラス神に祈りをささげるシトネが真空中で四散したり窒息したりしないような安全策が施されている。


 そして、それを少し離れて整列して守るように。

 テラアースの宇宙艦隊儀仗船団が並び、威儀を添えている。


   * * *


「あれが……。アルテム君の船? だよね。色黒いけど、リジョリア・イデス号と全く形が同じだし」


 マルテロの情報処理と情報獲得能力により、アルテム君がいま。ソリアル星系の恒星アマテラスを祀る、太陽神大祭を執り行う実行委員長になっていると聞いて。

 僕らは、その観客として、目の前で行われている威儀の重厚たる祭事を見守っていた。

 無論、宇宙空間で行われる祭りなので、僕らはリジョリア・イデス号に乗って、そのモニターで見ている。まあ、ブリッジの窓からは、恒星アマテラスの光は入ってきているんだけど。


 モニターを見ると、宇宙空間に設置されている祭壇に。

 アルテム君の船だという、クワィエット・システィマ号が近づいて。


 一人の少女を祭壇に降ろした。

 そして、その後ろから祭壇に入ったのは……。


「アルテム君だ……」


 神官服を纏ってはいたが、カメラに撮られてモニターに映るその顔は。

 僕の幼い頃に一緒に遊んでくれた、優しい従兄弟の。

 アルテム君の顔だった。


「太陽神大祭、とはね。太陽神が、現世に接触する瞬間か。その接触の為に、巫女の精神が必要となる。しかし、これでは。あの娘、廃人になるぞ」


 マルテロが、そんな事を言う。


「廃人……? だって⁉ どういうことだよ、マルテロ!!」

「前に話しかけたが。人間というものにとっては、自分よりも上の霊性を持つ者に接触することは、大きな負担なんだ。人の寿命、というものがある理由は。上位霊的存在が人間の肉体に宿る魂を鍛えるための負荷を、人間の精神や肉体が常に受けている為にだと言ってもいいかもしれぬ。要するにだ、あの巫女らしき娘は。一生分の精神的負荷を、今日一日で受ける事になるわけだ。発狂や精神崩壊は当然起こるぞ」

「……助けたほうがいいかな……?」

「止めて置くんだな、ユハナス君。君は、宇宙というものの健康診断における、採血を邪魔する気かね?」

「?」

「だからだ。この宇宙というものが。大きな病んだ人間だとしたらだぞ? 太陽神という、健康な存在が。云わば触診や採血を行う事と、あの巫女を吸収してしまう事。それは全く同じことだという、考え方もあるのだ」

「そんなことして、何になるんだよ!!」

「色々な益があるだろうに。太陽神は、現状の宇宙の病状を知り。それに対する投薬としての、新しい活動を開始するだろう」


 マルテロの奴、すごくいろいろな事を知っているくせに。

 ほぼ、それらを隠して、言葉の形でしか吐かないから、わかりづらい!


「マルテロ、話してくれ。君は、ニール君の部下だろう? ニール君は、君にどのような任務を与えたんだ?」


 僕がそう聞くと。マルテロは、キザではあるがいつもの狡猾な色は出さずにそれに答えた。


「ニールヘルズ様はな。ユハナス、君を用いてこちらの宇宙の富の底上げを願っている事は知っているだろう? そして、実はあのアルテムにも目をつけているんだ。アルテムが、世界の効率性を極め。ユハナス、君が世界の富の運営を極める。そして、ニールヘルズ様の究極の願いは」


 僕に向かって。冷たいが理性と色気の凄まじい伏し目の視線を向けてくるマルテロ。


「マイテルガルドの力と、この主物理宇宙の技術精度の連結。更には、マイテルガルドから主物理宇宙に繋がり、主物理宇宙から恒星を通して更に上位の世界につながっている『通路』を押し拡げて。力と技術と霊性を兼ね備えた世界を作る事。それだ」


 マルテロは、そう言い切ると。

 キザな様子を一切消して、真剣な顔をして。


 ブリッジから見える恒星アマテラスの光を見つめた。

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