92.改造開始、リジョリア・イデス号!!

「まあ。部品や機器自体はあるんだ。後は実装してみて、イデスが動かせるかどうか。それにかかっているな」


 キリアンさんは、ドックに収納されたリジョリア・イデス号に様々な手を加えながら、そんな事を言うのだった。


「『ウィル・フォース・シールド』そして、『ウィル・フォース・キャノン』。この二つが、今回の改造で搭載される装備の目玉だな。『ウィル・フォース・レーザー砲』も、ツイントロン砲の代わりに、72門搭載することになる」

「キリアンさん、その『ウィル・フォース』って……? 何ですか? 何かのエネルギーみたいな言いぶりですけれど……?」


 僕がそう聞くと、キリアンさんは、短く切りそろえた髭を撫でて言った。


「『理力』と呼ばれる『理性の力』だよ。イデスが機械知性体から機械理性体になったことで、理論上のモノであった『理力回路搭載機械』を作る気になったんだ、トイロニ様と私たちはね」

「エネルギー源というか……。それの発生機関は? それも積み込むんですか? リジョリア・イデス号に?」


 当然の質問だと思って、僕はキリアンさんに尋ねたんだけど。キリアンさんは、首を横に振った。


「いや、搭載しない。と、いうかな。既にあるんだ、リジョリア・イデス号には。『理力発生機関』はね」

「……? そんなこと、初めて聞きますけれど?」

「よくよく考えてみたまえよ、ユハナス君。その機関を完成させたのは、君だぞ?」

「? え? どういうことです?」

「鈍いなぁ……。じゃあはっきり言うぞ。イデスだよ。あの、意志と理性を持った、AIナビゲーションドールのイデス。君が機械知性体から機械理性体に目覚めさせた、今の君の奥さんが。全ての理力を発生させるんだ。言ってしまえば、イデスの気合によって、新しいリジョリア・イデス号の能力は上下することになる」


 イデスちゃんの気合……? それって、事によってはイデスちゃんに負担を強いることになるのだろうか? 気になった僕は、キリアンさんにそういうことを聞いてみる。


「負担、と言えば負担だな。イデスは機械理性体で、リジョリア・イデス号の情報処理能力は極めて高いので、脳が負担で焼き切れることは無いのだが。あるとしたら、知性と生命力をリンクして、理力に転嫁する回路。すなわち、イデスの肉体だ。あまりウィル・フォース機関を使いすぎると、イデスは極度に瘦せてしまうかも知れないが……」

「キリアンさん!! それは大問題じゃないですか!! イデスちゃんは僕の大切な!!」

「さわぐな、ユハナス君。そこは、君の力で何とでもなる」

「? 僕の力で?」

「聞いているぞ、様々な宇宙の各所からな。君は、現宇宙の三分の一の宙域を治める、ヴァードゼイル・シャルシーダ星系国家同盟領域で、最大の商人にまで上り詰めたらしいではないか。その経済力をもってすれば。イデスの為のバックアップなど、容易くできる」

「? どういうことですか?」

「確かに、ウィル・フォース機関を使うことにより。イデスは疲弊を繰り返すことになるが。良い食事と良い睡眠、そして、君がイデスに愛を注ぎ続けること。これを欠かさなければ、イデスは疲弊以上に回復し、能力劣化などは起こさず、むしろ理力が増大していく。そういう仕組みなんだよ、理性の力とは。イデスに、やりがいのある仕事と満たされた私生活。それを与えてやるのは、夫である君の仕事ともいえる」

「……そっか。そういうことか。僕が、イデスちゃんを幸せにしていられれば」

「そういうことだ、ユハナス君。この点、もはやイデスの扱い方は普通の世の女性を扱うのと全く変わらないともいえるかもしれん」


 そこまで話して、眉を開いた渋い笑い方を僕に向けてくるキリアンさん。


「改造には二週間もあれば十分だが……。その間に、アルテム様の動向を掴まねばな。行ってくるんだろう? ユハナス君。アルテム様を論破、というか諭しに。変革はいいが、人々が犠牲になるような急激な急ぎ方はやめろというような趣旨を説きにさ?」


 キリアンさんは、僕の肩を叩く。


「はい。実は、僕のバックには。未洗練ながらも無限と言っていい富を誇る、異次元世界マイテルガルドの後押しがあります。その富の力を用いれば。アルテム君が行う改革を富のリソースバッファで軟着陸させることも出来るのではないかと。僕はそう思うのです」


   * * *


「アルテム。今日も貴方、素敵ね」


 神里村の奥中央の巫女屋敷で。神里村の太陽の巫女シトネは最近、変わった異国の食べ物を持ってきてくれる、アルテムと名乗った男に熱中していた。


「シトネ殿。今日は、音楽を聞かせてあげよう」


 冷たい笑いだが、美しいという面ではこの上ないアルテムの顔にシトネは頬を紅潮させ。


 朱漆の柱と白泥の土壁の神殿様式の建物。その縁側に座っているアルテムの隣に、ちょこんと腰を下ろした。

 神里村の技巧を尽くした、質素でありながら華美という相反する二要素を持つ、美しい衣が衣擦れの音を立てる。


 アルテムは、今日持ってきたフルートをケースから取り出し、吹き奏で始める。


「……ひちりきや尺八の音と……。全然違う。これが異国の音なのね。アルテム、貴方は。何でそんなに洗練されて大人で……。何でそんなに素敵なの?」


 完全に心を奪われたかのように。頬を自分の両手で包み、桜色に染めて。瞳をうるませている、シトネ。


 彼女は今、その短い巫女としての人生の、最高潮の時期の味わいを堪能している。

 アルテムが持ち込んだ、異国の文明の品々、異国の贅美なる食べ物の数々。


 それらが、連日のようにシトネの耳目を満たし、舌や鼻や胃を満足させ続ける。

 そんな日々が、もう二週間も続いている。

 シトネは願った。


『こんな日々が、一生続けばいいのに……』


 と。

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