91.神里村

「ここで……。合っているはずだな? システィマ」


 アルテムは、クワィエット・システィマ号に乗って。テラアースの極東エルジア大陸の外れのとある島国に訪れていた。


「そう、合っているわ。テラアースの極東。太陽の神アマテラスを崇める国。昔は大きな軍事力経済力を持っていた時期もあるけれど、今は自然回帰方針を取って、自然と共に生きる人々が住むところよ」


 風光明媚……、というよりは質素。しかしそれでありながら、土質や水や繁茂する植物から、豊かさがあり溢れている。一見した印象はそれであった。


「何というか、だな。霊気のような物を濃密に発散している土地だ。それは感じられる」


 クワィエット・システィマ号で、とある草原に着陸をして。

 船外に出たアルテムはそう言い、一人で地図とコンパスをあてに。

 ある方向に向かって歩み始めた。


   * * *


「何者で。何用か?」


 黒曜石の穂先を持つ、長柄の槍を構えた白木綿の服を着た男が二人。

 ある村の入口の社の前で見張りに立っており、そこにやってきたアルテムに問いただした。


「宇宙中央議会政府議長、アルテム・ユヴェンハザ。アマテラス・システムを解析するために、恒星神・アマテラス神に累代生贄を奉じているという、この神里村に話を聞きに来た」

「……宇宙中央議会政府……。物理的な宇宙の占有だけでは飽き足らず、我らの誇る精神的な宇宙の領域にまで踏み込む。そのつもりか? 議長アルテムとやら!」


 そう誰何され。アルテムは珍しく表情に感情を表し。

 野心に満ちた顔でニヤリと笑って答えた。


「その通りだ。だが、これは。汝らにも利が大きい事だぞ? アマテラス・システムが解析されることにより、事によっては汝らもアマテラスに精神的な生贄を捧げることなく、自らの子達の精神破壊という悲劇からも、免れるようになるかもしれぬ」

「……。それは、我らの子供たちが、巫女に選ばれ。恒星神の大きすぎる霊性の直撃を受け。その精神が破壊されるという事例は今までに幾らもあったことだが……。貴様はそれを調べ上げたというのか?」

「ふん。いかにもだ。この、聖地・神里村から、外部に逃げた者たちの言葉を集めた言行録が残っていてな。私はそれを手に入れたんだ」

「……悲劇は多い。だが、実りも多いのだ。我らは、恒星神に生贄を捧げることにより得られる恒星神の寵愛と、それに伴うこの豊かな自然の中の生活という特権を手放す気はない」

「語るに落ちるな、神里村の大人共とは。科学と霊術の融合によって、その悲劇から免れる手段があるかもしれない。私はそういう話を持ちかけに来たと言うのに」


 アルテムのその言葉に。今まで黙っていた見張りの若い男の方が反応した。


「セタさん……。このアルテムって男が言っている事が本当なら……。シトネは助かるかも……!!」


 若い男は、髪の白い物の混じる初老のセタというらしい男に、焦って言葉をかける。


「カツト、落ち着け。もう時間が無いのだ。今回の生贄の儀は予定を違えるわけにはいかない」

「でも!! でもそれじゃ、シトネは! 心を破壊されて、廃人になって一生過ごすしか……!」

「シトネは、今までいい思いをしてきた。贅沢な食事、働くこともなく、贅沢な着物を着て。俺達では食べることなど絶対叶わない、酒や菓子などを喰って。そして、それらはシトネの肉体の霊性と、心の感応性を高める役に立っている。全ては、恒星神様に捧げるに値する、価値をシトネに持たせるためだ」

「セタさん!! おれは、おれは!! シトネを助けたいんだ!!」


 カツトというらしい若い男が。絶叫したところで、セタというらしい初老の男に強かに殴られた。


「シトネの事は、この神里村の男ども全てが好きだ。当然だろう? 神に気に入られるように、わが神里村の豊かさと技法と、伝統の重み。それを全て用いて、結晶させたものがあの娘なのだから。カツト。お前はシトネが好きだという。多分、お前の考えている助ける、という事は駆け落ちだろう。だが、シトネはそんな事はせんぞ」

「……嘘だ!! シトネは、俺の事を嫌いじゃないって言ってくれた!!」

「好き、とは一言でも言われたか?」

「……。嫌いじゃないって、好きって事とは違うんですか。違うんですかセタさん……」


 腕で涙をぬぐいながら、伏してしまうカツト。

 アルテムはそれを見ながら、呆れたような顔で言った。


「おい。カツトとやら。それに、セタというらしい老人も聞け。私は、その生贄の娘を助けることはさしたる問題とは考えてはいない。だが、生贄たるものがどのように作られ、生贄に捧げられるという事が、どういう現象を対象に与えるのか。そのデータが欲しい。データさえ取れれば、今後の悲劇は物理医学と霊的技術の併用で、防げるようになっていくだろう。とにかく。私をその、生贄の儀に参加させろ。間近にそれを見て、更にはそのシトネとかいう巫女にデータ計測機器を取り付けて。生贄の儀の際のデータをフルにとってやる」


 アルテムは、とにかく。

 データが集まることで、アマテラス・システムが解析できるものと。


『思い込んで』


 いたのだ。


   * * *


「やあ、久しぶりだ。ユハナス君、驚いたよ。まさか、機械理性体に成長したとはいえ、元AIナビドールのイデスと子を生しているとは」


 キリアンさんが、なんか爽やかに笑いながら。僕の背中を叩く。


「キリアンさんは、ちょっと年取りましたね?」

「君なぁ、ユハナス君。最初に会った頃から、もう25年も経つんだぞ? 私ももうそろそろ、定年後の事を考えるよ」

「もうそんなお年でしたか……」

「君のおじいさんの部下だったからね。いまは、この旧アーナム、現エルデンの宇宙港全体の代表管理者という役職だ。さて……」


 キリアンさんは、この宇宙港はユヴェンハザ・カンパニーの持ち物であるため、その管理者というわけで、アルテム君の意向を酌まなければならない立場らしいが……。


 おじいちゃんと二人で悪だくみをして、色々な事をしていると。

 笑って言っていた。

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