86.戦後選挙
「うん、それはいい考えだと思うよ。レウペウさん」
僕は、シャルシーダ星系の首都星、シャルドハイムの戦後処理を行いながら。
久しぶりに、リジョリア・イデス号の中でこの船の機械理性体が肉体を持っている形かつ、僕の婚約者であるイデスちゃんと、ニレディアの高司祭のシオンさん。それにシャルシーダ星系国家の王子であるレウペウさんに、王女であるマティアさんと共にランチを摂っていた。ルーニンさんは実は、最近はものすごく多忙で。ヴァードゼイル星系の農業官として優秀な助手を着けられて任命されていて、最近は電話や動画でしか僕らと連絡を取れない状況だ。
まあ、ともあれ。その席でレウペウさんが言ってきた計画を聞いて、レウペウさんは本当にこのシャルシーダ星系を愛しているんだなぁ、と思った。
「うむ、ユハナス。あの、俺がこの手で処刑した、メズキルアだが。あの男は、俺の名前を使って悪事の限りを尽くした。それに対する打ち消しの情報拡散は、マイテルガルドから来てくれた風の魔導司祭であるマルテロがやってくれていて。あの男の使う、印象を情報に含ませる術によって。大分ネガティブイメージの払拭が出来ては来ているのだが……。それでも、俺がかつてあの男に負けたことは確か。今のシャルシーダの民たちが、俺を王として立ててくれるかは分からぬ」
「負けた、ってさ? その時はレウペウさんは8歳だったんだろ? しょうがないよ、それじゃあ」
レウペウさんが、一度王位に登りそこなったことをひどく悔いている様子なので、僕はそれは仕方ないじゃないかと言った。そしたら、レウペウさんは言うんだ。
「言い訳は、何とでも立つ。あの時の俺には、優秀な部下も、言う事を聞く軍隊も、有り余るほどの財産もあった。それらを持っていて負けるとは、お前にも咎があるのだぞ、と今療養中の師匠に厳しく言われたよ」
「……きっびしいなぁ。ま。それで、レウペウさんは、戦後の体制を決める今の時期に、自分の王権を民間に対し強制するよりは、選挙で自分が選ばれたら王として立とうと。そう思ったわけだね?」
「うむ……、そういう訳なのだが」
「なんで、そんなに表情が曇っているの? レウペウさん。やっぱりショックだったの? 自分の名前で、この星系が荒らされる命令が幾つも出されていたことが。まあ、あのメズキルアという悪徳偽王の仕業だってことは、僕らが立証できるんだけどね。何しろ、僕らはずっとレウペウさんと一緒に居たんだから」
「いや、それは心配していない。もともと玉座というものは、汚名や醜聞、讒言や言い掛かりを処分できぬものに務まる座ではない……。心配は、そこではないのだ」
「? じゃあ、なに? レウペウさん」
「杞憂かもしれんが……。王になってしまったら、俺はもう、ユハナス。お前たちと共に冒険や旅に出ることは出来なくなる。それが、非常に悩ましい」
真剣に、悩まし気な表情をしているレウペウさんを見て。僕は思わず噴き出した。
「レウペウさん? 貴方は、玉座と冒険の。どちらに重きを置くのですか? 冒険は誰にもできますけれど、王座を得ることができる人間は、砂漠の中の一握りの砂の内の数粒しかないほど。この宇宙では少ないと言うのに」
「いや……。とても楽しいのだ、俺にとっては。冒険の旅や、ユハナス、お前とやってきた商売や貿易の日々。決して王家の中にいるだけでは経験できなかった、非常に貴重な体験。それを……、もうできなくなるのかと思うと。とても憂鬱なのだ」
「……レウペウさん、それは仕方がない事ですよ。まあ、案ずるよりもまずは、選挙を行ってみましょう。その結果、レウペウさんが星系民に選ばれなかったら。また僕らと共に行動しましょう。もし……、選ばれたら。レウペウさん、そこは貴方は覚悟を決めてかかるべきだと。僕は思いますよ」
僕とレウペウさんがそう話し込んでいると。
マティアさんが僕に向かって、真っ直ぐな視線を向けてきていることに僕は気が付いて。そちらを向いた。
「マティアさん。いよいよだよ。レウペウさんが王位に就いても就かなくても。このシャルシーダ星系の経済圏は、僕らヴァードゼイル星系の経済圏と融合して。公平な取り引きが行われるようになった。相互の行き来も自由にしていくつもりだし、メズキルアの悪政で疲弊しているシャルシーダ星系の復興もしなければならない。レウペウさんだけでなく、貴女のやるべき役割も大きいんだ。マティアさん」
僕がそう言うと、マティアさんはちょっと首を傾げた。
「にいはともかく。私みたいな元娼婦王女に。できる事なんてあるのかしら?」
何やら自嘲気味に。そんな事を言うマティアさん。
だけど、僕はかぶせるように言った。
「貴女は、女性の辛さを味わって生きてきた。そして、それに負けてしまっているわけじゃない。それでどころか、知恵と根性でその苦境を乗り切ってきた人間だ。貴女は、指導者という訳じゃなくても。いや、むしろそんな御大層なものにならなくても。苦境にある女性の生き方に、灯りをともすような事が出来ると思うんだ。……なんだか、上手く言えないけれど。何ていったらいいのか……」
僕が、表現する言葉を見つけられず。語尾がよれた発言をしていると……。
「まあね! おそらく、世の女性が体験する辛さの大体は、味わってきているわよ、私は! うふふふふ。ただ、世の主婦の旦那との倦怠期の辛さはまだ知らないけれどね。そうね……。男に頼って、思考停止気味のシャルシーダ子女の頭に、気合ぶち込んでやろうかしら? このマティアさんの気合半生を本にでもして!」
マティアさんは、僕に向かってそう笑顔を向けてきた。ああ、この人には敵わないな。僕はそう思った。
僕が気遣おうとしていたのに、それを察して更に大きな気遣いを僕に向けてくる。
この女性の器は、本当に大きいんだなって。
僕は思い知らされざるを得なかった。
* * *
「にい。逃げるんじゃないわよ?」
「……うむ……。しかし、参ったな。俺は上手く行かないものだとばかり。いや、むしろ上手く行ってほしくなかったんだが……」
そんな事を言っている、王家の正装に身を包んだレウペウさんとマティアさん。
戦後選挙の結果は、3ヵ月で出て。
レウペウさんは、見事新体制のシャルシーダ星系の王に選ばれることになった。
「おめでとうございます、レウペウさん」
僕はそう祝辞をレウペウさんに贈った。
シャルドハイム城のバルコニーで、眼下に詰めかけたものすごい大勢のシャルシーダ星系の星系民が歓喜に騒いでいる様子が見える。
「……喜んでいるわね、みんな。あのメズキルアは相当に臣民に嫌われていたってわけか……。まあ、あの男の施政中の情報を見るに、相当ロクでもないことをしていたみたいだしねぇ……」
シオンさんが、司祭の杖を振り振り。そんな事を言う。
「レウペウ陛下。期待しておりますよ。貴方が帰って来てくれて。妹君のマティア王女も無事とわかった。いや、もう王女でなく王妹と呼ぶべきですな」
レウペウさんの師匠だという、ガラレスさんも。バルコニーに立ってそう言っている。
「レウペウさん。僕は、民間の商人として。この疲弊したシャルシーダ星系を富ませていきます。貴方は、公の王として。国を富ませるんです。僕らは、これからも。親密な友人でありましょう」
僕は、そう言うと右手を差し出してレウペウさんに握手を求めた。
「……ユハナス。その申し出はありがたい。頼むぞ、これからも!!」
僕の手を、力強く握り返す、レウペウさん。
そうだ、僕らは知り合った時から友人になれたし。
今後もずっと、友人であるんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます