83.メイル・シュトローム

「ゼキリスっ!! ヴィハ・ム隊、レウペウ隊共に敵奇襲艦隊を無力化したとの報告アリ!! これで、前面に全火力と注意を集中できます!!」

「おっしゃぁ!! 魔導司祭殿に、王子殿! やるもんじゃねーか!! となりゃあ、あの数に劣る二艦隊如き。一蹴して……⁉ なんだ、あの前方から拡がってくる、おびただしい艦識別灯はっ!!」


 ヴィハ・ムとレウペウが奇襲艦隊を処理したことにより。ゼキリスの艦隊は、前方に対して全力を向けられるはずだった。いや。状況が変化し、いうならば。


『前方どころか敵全面に力を注がなければならなくなった』


 のだ。


「敵!! 残存艦隊、総数で包囲陣を敷いてきています!! 総数10000隻!! これは……!!」


 ガルナの悲鳴が響く!


 シャルシーダ星系軍は、最初から。ゼキリス達ヴァードゼイル星系軍を侮ってなどはいなかったのだ。

 最初に、12000隻のうち3000隻でのゼキリス艦隊の釣り出しを行い、上下挟撃で数を減らして、気勢を挫こうという手を打っただけである。

 それが失敗に終わり、先鋒艦隊に1000隻の損害を受け、奇襲二艦隊500隻ずつの双方が失われたと知った、シャルシーダ星系軍艦隊は。


 残った艦隊の力をもっとも活かすために、逐次投入の逆であり、最も効果的な数の戦法である散開包囲陣を敷くために、残存艦隊全艦艇を用いてきたのだ!


「おーい!! このヤロウっ!! シャルシーダ星系の軍師は、俺なんざよりもはるかに優秀だぞ、コイツは! どうにもならねぇ、どうしてくれるか……」


 完全に終わった。ゼキリス艦隊は、もう7000隻まで数を減らしている。

 健闘はした方であろう。

 軍事に秀でた、シャルシーダ星系の守備艦隊を相手に、数的劣勢、質的劣勢。その双方を抱えて、互角以上にここまで戦ったのだから。


 ……などという達観を持つほどに、ゼキリスは老いぼれてはいなかった!


「ガルナ!! 全軍に通達!! この劣勢の状況を伝え、起死回生のアイデアを持つ者はいないかと聞け!! もし、妙案を出したら。一兵士でも相当に引き立ててやると言い添えろ!!」


 頓智は、もはや自分の頭からは出ない。ゼキリスはそう思った時に閃いた。

 頭は、軍に参加している人間の数だけある。

 となれば、その力を借りるまで。個人の発想力で、この苦境を乗り切れるアイデアを閃ける者は。

 これだけの数がいる、数個艦隊の乗組員の中には少しはいるだろうと思ったのである。


   * * *


「オクシオ様……。劣勢だそうですよ、あのゼキリス提督」


 オクシオは、魔導戦艦5隻を旗艦部隊の先頭に据え、その他こちらの宇宙の戦艦を1000隻ほど率いる立場であった。


「まあ、困ったわね。でも、私は。弱い男には興味が無いのです。わかりますね? シルニル」


 シルニル、というらしい、水の眷属の小姓に。そんな事を言うオクシオ。


「しかし、オクシオ様。ニールヘルズ様からも、ユハナス殿の勢力を盛り立てろと。ご命令を受けたのでは?」

「ふふ……。それでも嫌なのです。弱い男が、助けを乞う事で生き残る醜さが。私は例えようもなく嫌い。男ならば、自分の力でなんとかしなさい。そういうものですよ、シルニル。女の発想というものは」

「……そうですか……」


 シルニルは黙った。このわがままなオクシオという、水の魔導司祭は。

 酷く移り気で、己の興味が向いているときはひどく手厚く相手を優遇するが、見切った途端にひどく冷たくなる。

 熱湯と氷のような、心の切り替わりを持つ女であった。


   * * *


「ゼキリスっ!! 残存艦数、6000隻を切った!! 退き時よっ!」


 旗艦のブリッジで、ガルナが叫んでも。

 ゼキリスは退かなかった。


「こんなチャンスはねぇんだ!! 考えろ考えろ考えろ俺!! なんかねえか? シャルシーダ星系に、ここまで攻め込めるチャンスは、多分もうねぇんだ!! ここで負けたら、後は! シャルシーダ星系は他の星系に散らしている軍を呼び集めて。俺たちのヴァードゼイル星系にまで押し返し、その先は俺達は呑まれる! 取り返しのつかないことになる! ここが必勝の時で! 必ず勝たなきゃならねえのに……! くっそ、俺の役立たずめ! 何の知恵も浮かびやがらねえっ!!」


 ガンッと。マイワ・ガルナ号の操舵輪を蹴っ飛ばし。

 それから、まじまじと操舵輪を見て。


 何かに気が付いたような表情をするゼキリス。


「はっ!! 思いつきやがったぜ! 傑作だこの野郎! こんないいアイデアがあるとはなぁ!!」


 突然発狂したような笑い声で。バカ笑いをするゼキリス。


「旗艦部隊だけで十分だ。突っ込むぞテメエら!! ペア・アニヒレーションドライブのオーバーエクスプロージョン機能を使う!!」


 それを聞いたとたんに、マイワ・ガルナ号のブリッジクルーの顔色が一斉に蒼白になった。


「ゼキリス提督!! まさか⁉」

「応ともよ!! 突っ込むんだよ、敵の只中に!! そこで、移動用エネルギー主動力の膨大なエネルギーを濃縮して。オーバーエクスプロ―ジョンをかけて自爆すれば。敵を巻き込んで、こちらは1000隻でも、敵の10000隻ぐらいなら消し飛ばせる!」

「そんな事をしたら!! われわれ消耗品の兵士や士官はともかく、生き延びなければならないゼキリス提督が!! 提督がお逃げになるなら、その後はその命令に我々は従いますが……!」


 そんな事を言った、ブリッジクルーにゼキリスは怒鳴りつけた!


「バカヤロウ! 俺を最後の最後で臆病モンにする気か!! 臆病者の汚名を着せる気か!! 俺はいくぞ。俺が死んでも、後の事は育ってきた部下の提督連中や。何と言っても息子のユハナスがやってくれる。もう、俺の役目は終わりで……。良いんだ!」


 ゼキリスは、旗艦部隊全艦の乗組員の中から、突撃特攻の志願者を募り。

 志願しなかったものはすべて、後続の船に乗り移らせた。

 そして、その後。

 1000隻の特攻艦隊で、敵10000隻の艦隊に突っ込んでいく……と。


 不思議なことが起きた。

 ヴァードゼイル星系軍艦隊を中心に。

 おびただしい、水のような液体の渦が発生して、それは信じられないくらいに大きく拡がって行き。渦の内側に、ヴァードゼイル星系軍を護りつつも。


 その、外縁部では鋭い凶器となって、シャルシーダ星系軍艦隊の膨大な艦艇を粉砕していき、やがて。

 それが収まった時には、シャルシーダ星系軍は不随状態の軍容となり、逃げ散っていくのだった。


 そして、マイワ・ガルナ号に一言の通信が入った。


「ねえ、素敵な男の人。私との約束、忘れたら許さないわよ♡」


 それは、マイテルガルドの水の魔導司祭、オクシオの声だった。

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