78.とある一日

「おまたせ♪ ユハナス君」


 僕は、メランルーク市の目抜き通りのコーヒーショップでブレンドコーヒーを飲んでいた。


「ん……。そんなに待っていないよ、マティアさん」


 携帯端末とリンクしている手首の時計に目をやって、僕は答える。


「そう。でも、嬉しいなぁ♡」


 黒いワンピーススカートの上に、丈の短い白のレザージャケットを着て。イヤリングやブレスレット、ネックレスもシックな趣味で揃えて、ナチュラルメイクをしたマティアさんは、何ていうかとても綺麗だった。


「どういう風の吹きまわしかわかんないけどさぁ? 何で、私をデートに誘ったの?」


 強すぎない香水の匂いが、流れて来て。鼻に心地いい。

 マティアさんは、僕の向かい側の席に腰を下ろした。


「店員さん、ベルガモットティーね。あと、シナモントースト」


 そう注文をして、にこにこにこにこ満面の笑みで、僕の顔を見つめるマティアさん。


「ねえ、本当に。何の風の吹きまわし?」


 そう聞いてくるので、僕は答えた。


「母さんにさ。いい加減に大切にする女性を作りなさいって。言われちゃったんだ」

「! それって? 私を大切な女性にするつもりでデートに誘ったってこと?!」


 目を見開いて。めっちゃうれしそうなマティアさん。


「うん。僕は実際の所。マティアさんが好きだしね」


 僕がそう言ったら。


「えー! ええー!! えええー!! ホントなの? ホントに私のこと好きなの?!」

「うん、嘘はつかないよ。はい、プレゼント」


 カバンの中から、小さい箱を出してマティアさんに渡す。


「ご、ごくり!! これ、中身は?!」

「開けていいよ」

「う、うん!!」


 小さい箱の包み紙を丁寧にはがして。中身から箱を取り出すマティアさん。


「アクセサリボックス……! ってことは?!」


 指輪やイヤリングやネックレスを入れる、アクセサリボックスを開けるマティアさん。


「……ほっ。ちょっと安心した。イヤリングくれたんだ。いきなりエンゲージリング貰ったらどうしようかとか……。思っちゃったよ」


 それを確かめて落ち着いたのか、運ばれてきた冷たいベルガモットティーを喉を鳴らして飲むマティアさん。


「じゃ、それ飲んだら。ランチ行こうよ。奢るからさ」


 僕もそう言って、冷めかけたブレンドコーヒーを飲みほした。


   * * *


 メランルーク市のショッピングモールで。最上階の高級外食店街のなかの、割烹系料理屋で僕とマティアさんは。

 太古の昔には庶民の贅沢で、今の時代にも結構な価値を誇る「スキヤキ」なる料理を食べていた。


「お、おいしいコレ……。涙出るわぁ……」


 マティアさんはそんな風に感激しているが……。こりゃ確かに旨い。

 分析すると、ダシの利いた砂糖醤油のタレで、肉質のいい牛肉を焼いて食べる単純な料理なんだけど。一緒に添えられている、ネギやシイタケやシラタキが実にいい味を出しているんだ。


「凄いご飯が進むね、これ」


 僕は、白米をパクパク食べながら、それをがっついているマティアさんを見て。

 何というか、いつもよりご飯を美味しく感じるのだった。


   * * *


「え? ええええ⁈ マジなの? とうとう覚悟決めたの?! ユハナス君!!」


 何だろうか? あれだけ僕にモーションをかけて来てたマティアさんが。

 テンパっているかのように動揺している。


 いや、僕がホテルで休憩するときに、フロントで。マティアさんと僕を同室にしてもらってなおかつダブルベッドにしてもらったからなんだけど。


「先にシャワー浴びるよ? マティアさん」

「ユハナス君?! 何そんなに落ち着いてるのよ?! まさかアンタ、どっかで女覚えてきたの?!」

「ちがうよ。そういう動画を見て、動じないように猛特訓しただけだって。僕はまだ童貞だよ」

「そ、そう……。いいの? 本当に。本当に、初めての相手が私でいいの?」

「ほかに頼むつもりはないし。もし、マティアさんとの間に子供でもできたら。僕はあなたと結婚するよ、マティアさん」


 僕がそう言うと、マティアさんは。


 なんだ? こっちに向かって、ニコッと笑いながら。

 両目からどんどん涙をこぼし始めた。


「うれしい……。すごく嬉しい。海賊の連中にいいように玩弄されて。私は処女を奪われて。それからは、売春婦みたいな生活を送ってて……。そこを、助けてくれたのがユハナス君で。ずっと、ずっと。すごくすごく好きだったの!!」

「うん」

「でも……。止めとこうよ、ユハナス君。よくないよ」

「え? なんで? マティアさん、いつもこう言う事しようって。僕を誘ってたくせに?」

「わかってないなぁ……。私は、わかってるから。だから、貴方は私になびかないって、安心していたから。あんなこと言えたんだよ」

「え? え? どういうこと?」

「うふふ。流石に、鈍感童貞くんね。自分の気持ちにまで、気が付いてないなんて」

「自分の? 気持ち?」

「そうよ、わからない? 貴方が本当に一番好きなのは、イデスちゃんよ」

「? あの子、AIだよ?」

「機械理性体よ、もう。しかも、あの子をそれに目覚めさせたのは貴方の優しさ。そこまでの優しさをあの子にかけたってことは。もう最初から、イデスちゃんと私の勝負は決まってるの。だから、貴方はもう。何の脇目もふらずに、イデスちゃんに愛を注ぎなさい」


 マティアさんは、そういうと。

 僕の唇に、ディープキッスをして。

 微笑んで、ホテルの部屋を後にしたんだ。


「また明日から、いつもの私たちに戻りましょうね」


 そう言ってさ。

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