75.ボトムアップ・プロジェクト

「こういう際にはな。根元を強化していくんだ」


 アーヴァナさんが、リジョリア・イデス号の中で。

 相変わらず色気のある含み笑いを浮かべてそう言った。


 オクシオさんと、アーヴァナさんを伴って。主物理宇宙に戻ってきた僕ら。

 何でアーヴァナさんを伴ってきたかというと……。


「魔導樹を植えた、そのガズヴェリアという惑星。しいては星系を、二世界間貿易の根拠地に定める」


 という方針が、ニルズハイムの会議にて議決されたために。ガズヴェリアの環境改善に、マイテルガルドで最も植物や大地の事を知るアーヴァナさんが、その腕を振るってくれると言う事になったからだけど。


「アーヴァナさん? 根元、とは? 魔導樹の育て方の事ですか?」


 僕が間抜けなことにそんな聞き方をすると、アーヴァナさんは腕を組んで、僕の目に伏し目がちの視線を送ってきた。


「それもあるが。惑星ガズヴェリアという種を育てて。ヴァードゼイル星系ごとの生産力と生産物の質を高める。それによって、この惑星や星系の住民は、精度を増した屈強な肉体と知性に満ちた頭脳を得ることができる。その人間たちによって、交易や外交、また事によっては軍事を用いて、アルテム・ユヴェンハザが宇宙に敷いた『トップダウンシステム偏重の法』を破ることなく、下からの突き上げで変化を促す。ボトムアップシステムによる、トップダウンシステムの変化をもたらす計画だ」


 アーヴァナさんの計画の意味が。わかるところとわからないところがあったので僕は聞き返す。


「それは……? はっきり言うのならば何のことにあたるのですか……?」

「要するにだ。このガズヴェリアを中心に。旨い飯が食え、旨い酒が飲め、働くことできっちりと楽しむための富を得られる。そういう環境を作り出し、その魅力でアルテムとやらが創り出した効率的宇宙を呑み込んでしまうんだよ」

「そんなこと……。そんなとてつもないことができるんですか?」

「我らの力添えがあればな。マイテルガルドのエネルギーは無限だ。そして、こちらの主物理宇宙のエネルギーは有限。その差異を突けば……。変化はもたらされ、二つの世界はマイテルガルドの豊かさと、主物理宇宙の技術。それが併存できる、共生共同体となることができるかもしれん」


 遠大な計画。マイテルガルドは技術を求め、主物理宇宙はエネルギーを求める。

 だけど……。この、全て練られたような段取りはなんだ?


「オクシオさんに魔導樹の種を渡したのは、その計画を実行するためですね? アーヴァナさん。そしておそらくは、それはあなたの計画ではなくニール君の……」


 僕は、そう言葉を放った。するとアーヴァナさんは頷くのだった。


「無論だ。ニールヘルズ陛下は、遅々と進まぬ計画を待つタイプの皇王ではない。自らの頭脳と行動で以って、物事の進展を加速していくタイプのお方だ」


 やはりそうだ。これらは全て、ニール君が描いた絵の上に乗っている。

 あの子、何ていうかとんでもない子だったんだな、やっぱり。


   * * *


「うっめえ!!」


 その簡易建物の中では、そんな声が響き渡っていた。


 さて。ガズヴェリアに魔導樹を植林し始めて、主物理宇宙時間で2年半。マイテルガルドは、主物理宇宙の5分の1のスピードで時間が流れるので。僕らがマイテルガルドで半年の間、会議を行っている間にこちらの主物理宇宙ではそれだけの時間が流れていた。


「好評ですよ、ユハナスさん。魔導樹の落葉を腐葉土にしましてね。それを畑の肥料にして、試験的に作物を育ててみたのですが……」


 ドゥーブッドさんが、メルパルトさんとサーリィンさんと共に、僕の前で報告をくれる。


「うん。このふろふき大根の味は……。洗練と野性味の混交で、見事なものですね」


 更に言えば、何というのか。関係者を集めた、試食会会場の簡易建物の調理場で腕を振るっているのは。

 僕とレウペウさんに初めて料理を教えてくれたあの鬼板前職人である、キタシマである。

 僕とレウペウさんが、マイテルガルドから戻って来て、こちらの宇宙の味に餓えていたのでちょっと張り込んで、メランルーク市内の寿司屋に入ったら。

 むっつかしい顔して、包丁を振るっていたんだ、このキタシマが。偶然だとしたら、とんでもない確率の出来事だけど。

 キタシマは、最近はロクな食材が回ってこないとえらく嘆いていたのだが、僕らが食材つくりやその為の環境改善に取りかかっていると言った途端に。


「この店は売るから、お前たちまた俺を雇え」


 と言い出したのだ。

 それから、キタシマは。ドゥーブッドさんたちが持ってくる食材を、見事な料理の腕で仕上げて僕らに食べさせてくれて、食材の良さを教えてくれる指標になっている。


「君たちは……。本当にこの宇宙の産まれか?」


 ドゥーブッドさん、メルパルトさん、サーリィンさんを目の前に。

 アーヴァナさんが怪訝な顔をする。


「? この宇宙って? お姉さん、宇宙は一つではないですか?」


 ドゥーブッドさんはそう言ったが。


「いや、まあ。そう言う事になっているらしいが。とにかく、呆れるほどに土の用い方、苗木の芽吹かせ方、植林の手法。どれもが理に適って見事なモノだ……」


 大地の植物の生育に、地の魔導司祭であるアーヴァナさんが感心すると言う事は。


 どうやら、その分野でも。

 技術的なものは、マイテルガルドよりも主物理宇宙の方が優れているものらしい。

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