74.心の壁

「そんなことに……。なっているのですか、向こう側は」


 ニール君が口を開いてそう言った。


 魔導皇城ニルズハイムの会議室で。魔導皇ニール君と六大魔導司祭、そして僕らリジョリア・イデス号のクルーでの会合が続いている。

 魔導樹の植林法が、ある程度確立したので。ドゥーブッドさんメルパルトさんとサーリィンさんに、惑星ガズヴェリア上での植林作業を委託して、僕らは次元転移宝珠の力でマイテルガルドに戻ってきていたんだ。


「管理が、怖ろしく込み入ったレベルにまで入り込んでいるんだよ、ニール君。それをやったのは、僕の従兄弟のアルテム君だと。現状の向こうの法制度は、現宇宙政府議長のアルテム君の意を酌んだものだと言う事になっているんだけど。アルテム君、なんであんなにつまらない世の中にしちゃったんだろうか……」


 僕がそう呟いていると、なにやら。

 闇の魔導司祭ジルガドと光の魔導司祭ハキルナが何やら挙動不審になった。


「……アンタたち、なんかやったでしょ?」


 その様子を間近で見ていたアーヴァナさんが突っ込む。


「い、いや。なにも……。していないような気もするが……」

「そ。そうじゃ。我らに後ろ暗いことなど……」


 言ってることがなんかおかしい。僕もねじ込んでみる。


「闇の魔導司祭、光の魔導司祭。知っていることがあれば、全て教えてください。それを罪に問おうと言うのではありません。あなた方が、なにか。向こうの新しい宇宙の法制度に影響を与えたことがあって。その理由が分かれば対策と言う物も打てる。それだけの事なんです」


 ハキルナがバツが悪そうに答える。


「罪に問われぬならば……。全てを話してもいいのだが……。のう、ジルガドよ」


 ハキルナに話を振られたジルガドも呻きながら答える。


「まあ、我々も。全ては動かぬ現状を動かし、マイテルガルドの復活の為に為したこと。罪に問わないでくれるのならば、話すことに吝かではない」


 ハキルナとジルガドの視線が、挙動が落ち着いてきた。


「お願いします、何をしたのですか? 向こうの宇宙に対して」

「うむ……」


 僕の問いかけに対して、重々しく口を開く、ジルガド。


「実はな。我らは常に向こうの宇宙に対して、大がかりではないが干渉をしていたのだよ。そして、その間に。向こうに我らの手下になるべきものを作り出した。闇魔導の力で、心の隙を突いてな」

「……そうですか」

「うむ。そして、我らの手に落ちた、向こうの宇宙の者共の中で。最大の駒が。先程からユハナス殿。貴殿の言っている、アルテム・ユヴェンハザというお坊ちゃん。……だったのだ」

「……なぜ、アルテム君に狙いを定めたのです?」

「向こうの宇宙で有名になっていた、商業業界の新星だったからな。多くの資金を使って、凄まじい効率の利率を叩き出し、怖ろしい勢いで向こうの宇宙を併吞していった、あの野心に憑りつかれた可愛そうな坊やの。心の支えをしてやる代わりに、我らの意を呑め。そういう契約で我はあのアルテム坊やに『心の壁』の術を施した」

「その術は……? どういう効果をもたらすのです? 人間に対して」

「外界からの一切の心理的攻撃を無効化する。自然、感情というモノに対する刺激が薄れて来て、心がやがて貧しくなる。そういう副作用を持つ術だが、あのアルテム坊やはその術を我にかけてくれと頼んだよ」

「アルテム君は……。なぜ、そのような事を望んだのでしょうか……?」

「言っていたよ、アルテム坊やは。『負けたくない。誰にも負けたくない。負けられない。絶対にだれにも負けられない。自分には誇るべき一族の当主の跡継ぎとしての力と責務があり、それに負けることは自分のプライドが許さない』とな」

「そん……な。じゃあ、アルテム君は。ユヴェンハザ家を。ユヴェンハザ・カンパニーを繫栄させる為に、自分を捨てるつもりだったのか……」

「いや……。あの坊やはそんなタマではなかった。凄まじい野心を感じたものだよ。それに、あの坊や自身も言っていた。『おじいさまを屈服させて、全てを自分に従えてやる』と。ともあれ、我の『心の壁』の術は、自らがそれを望まぬ者にはかからぬ術だ。掛ったと言う事は、あのアルテム坊やがそれを望んでいたという事。まあ、そういう訳だ」

「ということは……。今の向こうの宇宙の様子というものは……」


 そこで、ハキルナが会話に入ってきた。


「おそらくは、極限まで効率化され、なおかつ心の楽しみを無駄であると厭うアルテムの心のありようが、巨大な金力権力によって具現化したもの。アルテムの心は、物事に無駄があることに不快を感じるし、おそらくは楽しみと言うものにも価値を見出さぬのだろう。頭の中にあるのは、そちらの世界の演算装置のような、数値データとそれを裏付ける物資の貯蓄。そう言う事かもしれぬわ」


 僕、そんな言葉を聞いて。勃然と反発心を起こした!!


「お前ら!! 何も知らないくせに!! アルテム君はな! 優しいし、面白い子だったんだぞ!! 親父がどっか行っちゃってるから、僕は幼い頃のある夏、アルテム君の家に母さんと一緒に遊びに行ったんだけど!! 一緒に森に虫取りに行ったり、畑にスイカ取りに行ったり!! 折り紙で紙飛行機作るの教えてくれたり、あの子は、アルテム君は!! 絶対心が無かったり、楽しむことを無駄だって!! 思うような子じゃない!!」


 なんだろうか。いきなり激情に襲われて怒鳴っちゃった僕を、皆がポカーンと見ていて。

 そのあと、何やらみんなが頷いた。


「おそらくね、そう言う事だと思うのよ。子供のころは、みんな優しくて面白いの、人間って。アルテム君の不幸は、その後の環境ね。ユヴェンハザ家の嫡流の立場上、やらなければならない事やしたくもないけれどしたいふりをしないといけない事。そう言う事が降り積もって、きっと」


 シオンさんが。杖を振り振り言葉を紡ぐ。


「無駄を極度に厭ったり、心楽しむことを無駄だとそぎ落としたり。そういう発想を持つようになって行っちゃったのかもしれないわね……」


 あ……。そう言う事、か……。

 僕は傍流の家庭だったから、自由だったしユヴェンハザ家の者としての責務も軽かった。


 だけど、アルテム君は嫡流の者として。

 責務の重さと、ずっと戦っていて。

 そのなかで、極度の効率性に目覚めてしまって、それが故に。


 心の楽しみのために、無駄を為す人間たちに嫌悪感を覚えるように。


 なってしまったのかもしれない。

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