70.息苦しい世界となって

「宙行税? 何の事だろうか……? イデスちゃん、どうやら元の世界に帰っては来ているみたいだから。船のコンピュータで周辺宙域のデータバンクにアクセス。宙行税の事を調べて」

「了解しました、ユハナス様……、と。無理のようです」

「? なんで?」

「全てのデータ通信がブロックされています」

「なんで⁉」

「出てくるメッセージは一つで。『まず先に、宙行税を払え』とのことです。如何いたしますか?」

「そんなこと言われても……。この船にチャージしている私有財産って、僕らがマイテルガルドに行く前の額、そのままでしょ? 相当貯まってる筈だよ? それをよくわからない税金のために、突然一割も……」

「はい、どう考えてもこれはおかしいのです。そもそも、『宙行税』なるものの規定がおかしいですわ。宇宙空間は未開発であり、もし仮に宇宙空間で交通税が取れるとしたら、それは隕石や小惑星を移動して宇宙街道を作った場所に限りますから。これはよからぬ制度を制定して、この近隣星系が不当な富を求めている証拠かもしれません」

「……ともあれ、どうする? 宙域通信が使えないのは不便だけど。それに、ここが僕らの宇宙のどの場所かも。データ通信が使えないとわからないんだ」


 宙行税、と言う物の正体が分からないが。ここは仕方ない、最初の1割だけは払った方がいいかな、と僕が考えていると。


「頭に来ますわね。一方的な押しつけ徴税は。かくなる上は、コンピュータハッキングでも宙域ネットワークに掛けて……」


 おいおいおい、相当頭に来ているんだな、イデスちゃん。物騒なことを言い始めたぞ!!


「まって、イデスちゃん! イデスちゃんのハッキングの腕なら、発覚はしないだろうけどさ! こういうのはそういう問題じゃない。よくないよ、ハッキングは! いいよ、いいから払っちゃおう。僕は商人だけど、商人なだけにお金の大切さも効能も、そして増やす方法も知っている。ここで1割払っても、さしたる痛手じゃないから!!」

「……そうですか……。ユハナス様がそう仰るなら……」


 元はAIだったけど、機械理性体に目覚めて間がないイデスちゃんは、結構感情が激しい。激昂して叩き続けていたコンソールのキーボードから、やっと手を離してくれた。


   * * *


「つまり、こういうことです……」


 イデスちゃんが、ミーティングルームに集まった船のクルー全員に説明を始めた。


「私たちが向こうに行っている、2年の間に。こちらではもう、10年の年月が流れていたようです。そして、その10年の間に。宇宙世界統治システムに大きな改正、いや、改悪でしょうか? そう言ったものが加えられたようです」


 宇宙世界統治システムが、変わったと言う事か……。

 イデスちゃんは続ける。


「まずは、宇宙の労働者全てにマイクロコンピュータチップを埋め込み。労働をする際の疲労係数を測り、その疲労度によって報酬、というか補給と休息を与える労働者管理システムを採用し始めています。さらには、その労働者が産み出した富の配分も、運営ギリギリの量を残して、惑星政府上層部、更には星域政府上層部、各銀河政府上層部と。どんどんと『上納』の名を冠した『搾取』の構造で吸い上げられる形になっているようです」


 その話を聞くと……。随分窮屈に、なってきているようだ。


「宇宙中央政府の、ザレア・ハスト議長は? 僕らが向こうに旅立つまでは。宇宙中央政府の中心人物は、あの重厚な手法を使う、経済に詳しい実業家上がりの政治家だったはずだよ?」

「ザレア議長は、引退なされています。今の宇宙中央政府の議長は……。検索をかけますわ」


 そういって、コンソールを叩くイデスちゃん。


「しかし、碌なものではないぞ? 今の宇宙中央政府の議長は。あのように豊かだった、こちらの宇宙を。このような管理と搾取の世の中にしてしまうとは……」


 レウペウさんが、コーヒーを飲みながら嘆いた声で言う。


「おっかしいわねぇ、コレ。真っ当な人間だったら、人が管理されたらどれだけその性能と個性が死ぬか。よくわかりそうなものだけど」


 シオンさんはそのような事を言う。


「なんか私、よくわかんないけどさ。とってもつまらない世の中になっちゃった。それだけはわかるのよね……。まったくもう!」


 マティアさんは。不満だらけの表情を浮かべてる。


「ひどいよ~!! 労働者って~! 作った作物とかが、美味しかったり豊かな生活をくれるから~! がんばるのに~!! それを全部巻き上げちゃうなんて、ほんとうにひどいよ~!!」


 ルーニンさんは。イデスちゃんのデータ解析でわかった新しくなったこちらの宇宙の労働者に対する待遇のひどさに、激怒の感情を浮かべている。


「ユハナス様。検索結果出ましたが……。お聞きになられますか? 今の、宇宙中央政府の議長の名前を……」


 再びイデスちゃんが。僕に向かって口を開く。なにやら、その表情には憂鬱な色が浮かんでいる……。なぜだろうか?


「……誰なんだい? 聞かせてくれよ、イデスちゃん」


 僕は、そう言ってイデスちゃんを促した。


 イデスちゃんは、ほんとうに、ほんとうに。言いづらそうな顔をしていたけれど。


 やがて、口を開いて言葉を紡ぎ始めた。


「アルテム・ユヴェンハザ。今の宇宙中央政府の議長は、若干33歳の政治家、アルテム・ユヴェンハザという……。元大商人です……。お分かりかと思われますが、この方は……」


 僕は! 凄まじい衝撃を受けた。

 なんてことだ、僕が、リジョリア・イデス号をおじいちゃんから貰って。

 宇宙に旅立ったあの日、僕よりも数時間早く、おじいちゃんの宇宙港から10隻の商船団を率いて、やはり旅立ったという。


 僕の従兄弟。トイロニおじいちゃんの、長男の息子。直系の孫。


 あの、アルテム君の事だ。間違いはない。

 僕は。宇宙船の内部時計では、今年25歳になった。

 あの日、僕と同い年だったアルテム君は、マイテルガルドとこちらの世界の時間の流れの違いで、33歳になっている。


 それでも。僕はまだ、一商人。アルテム君は、商人の業を終えて、政治家になってしまっている。


 差が凄い。本家と分家の、人間の能力差はここまで大きいのかと。

 僕は、アルテム君の能力の凄まじさを。


 見せつけられた気分だった。

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