69.主物理宇宙への帰還

「では、ユハナス……殿。向こうの宇宙への連絡通路を開くための魔道具『次元転移の宝珠』を与えよう。これを用いれば、こちらから向こうの宇宙に移動するのは勿論、向こうからこちらに移動するにも、アビスゲートと貴殿らが呼んでいる大ブラックホールを通過する必要なく、瞬時にこちらに来れる」


 なんだって! と言わんばかりな。ものすごく便利な魔法の道具。ジルガドは、シオンさんの浄化術で永年の心の澱がさっぱり浄化され。何やら生き生きとした様子で、そんな大切な物をあっさりと僕らにくれた。


「これは……? どのように用いるのですか? ジルガド……さん」

「うむ、ユハナス……殿。これは実は、闇魔導の道具で。闇の魔力を必要とするのだが、な。本来は。しかし、魔力持たぬ貴殿ら向こうの宇宙の者にも使えるように、永続魔力発散石、クオリアを仕込んでいる。それによって、この魔道具は手をかざして、強く願う事だけで働くようになっている」


 うーむ……。魔法の理屈はわからないが、とにかく便利な道具だ。有難く貰って、大切に用いることにしよう。


「ユハナス君、こちらからの貿易の第一陣よ。私の船団も、君と一緒に行くから。よろしくね」


 僕らが今いる、カーズ・ディールの湾口地帯で。オクシオさんが声をかけてくる。ハキルナとジルガドが隠して作っていたことを白状して、オクシオさんが公開した、元々は水上船であるが魔法技術による密閉構造と内部空気循環機能をもともと持っていて、更には何故か、僕らの宇宙のフローティングシステムとグラビティコントロールシステムを搭載した、5隻の巨大船。それが、主物理宇宙、つまり僕らの宇宙への僕らの帰還に随行することになった。


「んだよ、オクシオ。なんでお前の船なんぞに。ウチの貴重なエリート兵を乗せにゃならん?」


 そう言っているのは、ボルフレイムから手勢2000人のエリート兵を連れて、上京してきているヴィハ・ム。


「しょうがないでしょうに、ヴィハ・ム。私の水に眷属に、直接戦闘力なんて皆無に等しいもの。向こうで荒っぽい事があるとしたら、頼りになるのは腕っぷしではマイテルガルド最強の、貴方の炎の眷属だわ、ヴィハ・ム」


 ニコッと笑って、そう言ってのけるオクシオさん。


「……おめぇよ、上品だけど。なんか毒婦臭いんだよな、感じが。俺を気持ちよくさせて乗せてるっつーか……」


 何というかこれは。あの上品できれいで、清潔感あるオクシオさんに凄い言葉をぶっ放すヴィハ・ム。まあ、部下をオクシオさんの船団に付けるだけで、コイツ自身はマイテルガルドに残るから。コイツの事は放っておこう。


「ユハナス君。君の船で施すことのできる、タイムシーリングというモノは。実に有用だな。君の船にも、オクシオの船団にも。搭載する食料と輸出分の食材の双方に施すことで、消耗や売却しない限りはそれらが劣化や減少することはない。あれを施す機械は、是非向こうで手に入れてこちらのマイテルガルドまで送り届けて欲しいものだ」


 乗組員の食料と、輸出用食材を積み終えて。僕の近くまで来たアーヴァナさんがそんな事を言う。


「ま、待つのじゃ!! 貴様ら待て!!」


 いきなり、湾口にハキルナの甲高い声が響いた。


「妾にも一枚かませよ! 冷静になってみれば、こんなおいしい話に乗り遅れてたまるものか!!」


 ハキルナは、500人ほどの光魔導師部隊を連れている。


「……? どうしたのよ、その部下は?」


 オクシオさんがハキルナに問いただす。


「オクシオよ、貴様の船には。武装がないではないか。そこに、一隻当たり100人の私の部下をつけてやろうというのだ。光魔導師のフォトンレーザーの魔導術は。強烈な威力を誇るぞ?」


 なーるほど。オクシオさんの船団の船は、実は僕らのリジョリア・イデス号よりは大きい。そこに、魔導師を乗組員として加えて、光魔導術による遠隔攻撃能力を持たせようというのか。ハキルナも、別に頭悪い訳じゃないな。


   * * *


「じゃあ、行くぞ。ユハナス君。我が風の眷属が安全空域まで先導する。そこで次元転移の宝珠を使い、ゲートを開け。然る後に、ゲートに侵入して向こうの宇宙に帰還するがよかろう。そして、またこちらに戻ってくるのだぞ?」


 そんな事を言って、グリーンドラゴン部隊に旗を持たせた風魔導師団員を跨らせて。先導するために湾口の奥に続く海上の空に飛び立つ指揮を執る、マルテロ。


「期待しているからな。私は風流でね。文化がさらに発展することを望むよ」


 僕らが船に乗り込んだのちに、マルテロの声が聴こえる。例によって、リジョリア・イデス号の壁を貫通して聞こえてくるけど。まあそれはいいや。


「イデスちゃん!! リジョリア・イデス号、発進準備宜し?」

「はい、万事OKです、ユハナス様!!」


 僕の問いに、弾けるような笑顔で答えるイデスちゃん。


「では、発進!!」

「了解!! グラビティコントロールシステム稼働!! 水上から垂直に浮上します!!」


 僕らの船が動き始めると……。


『フローティングシステム稼働!! 1番艦・ザボラド、2番艦・デキルア、3番艦・メクリト、4番艦・スィフト、5番艦・カウトナ!! 順次浮上!!』


 僕らの周りを固めている、オクシオさんの船団が浮上を開始する!!


「浮上よし!! マルテロが示している座標まで、微速前進!!」

「了解、ユハナス様!! 各部スタビライザー、稼働!! リジョリア・イデス号、微速前進開始!!」


 よし、オクシオさんの船団もきっちりついてきているし。

 マルテロの示した安全空域座標まで来た!!

 始めるか!!


「次元転移宝珠よ!! 僕たちを、僕らの産まれた主物理宇宙へと送り出せ!!」


 僕が次元転移宝珠に手を置き、そう唱えた刹那!!

 強烈な加速感覚が襲ってきて、一瞬目が眩みかけたが、そこを踏ん張っていると。

 視界の色彩が急速に衰え、ついにはモノクロになり。

 さらには、黒と白の混沌、揺れ動く光と闇の海に飲まれた。


 そして、それが収縮していって、ある1点に集まり。

 今度は爆発を起こす。

 その後、新しい構成を持ったモノクロの光景が展開し、更にはそれが色づく。


「……ユハナス様。近隣惑星からのレーザー通信が。入っております」


 うん……ん? 僕よりも現実感への覚醒が早かったイデスちゃんが。僕にそう告げてくる。


「ん、出てみて」

「はい。メッセージは……」


 イデスちゃんが、そのメッセージをモニターに映す。すると。


『宙行税が課せられます。直ちに、私有財産の1割をこの宙域を管理する宙域自治体へと振り込みなさい』


 と、いう。「宙行税」なる僕の聞いたことのない文言が含まれた、警告文だった。

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