6章 ビギニング・ザ・ビジネス・ビヨンド・スペースボーダー
67.戦争を起こして奪うべきところを
「ならん!! それはなりません!!」
ニルズハイムの会議室。叫んでいるのは、光の魔導司祭ハキルナ。
「何故ですか? 向こうの宇宙と、このマイテルガルド。戦争を構えることになれば、甚大な被害を双方に及ぼします! それに、戦争をしようにも。このマイテルガルドには飛空能力や次元転移能力をもった船舶がないではないですか!!」
これは僕の声。退くわけにはいかないんだ、僕も。
ニール君の向こうの宇宙の品々を手に入れたいという、その意を先鋭化させたかのような発想を持っている、このハキルナと。闇の魔導司祭ジルガド。
このマイテルガルドの重鎮二人は、イデスちゃんが発想し、僕が実行に移そうとしている二世界間貿易に何でか分からないけど、酷く反対している! なんだよもう!!
「こちらから、特産物を売りに出すなど!! とんでもない事だぞ! 元々向こうの産物は、こちらからのエネルギーの流入で出来ているものだ! そのエネルギーの代償を払いもしない相手と、対等の取り引きなど!! できるものかっ!!」
この声は、件の闇の魔導司祭ジルガドの叫びだ。
「その考え方は。農夫を使っておきながら、その耕した土地は自分の物だからと収穫物を全部強奪するのと同じ思想ですよ!!」
「ぐっ!!」
ジルガドが言葉に詰まる。
「くそ……。それの何が悪いと言いたい所だが……。農民共が餓死すれば、我々は生産手段を失う……!!」
「そういうことです。こちらからのエネルギーの流入は。お止めにならない方が賢明ですよ。向こうの世界の産物に、魅力をお感じになるなら!!」
こんどは、詰まったジルガドと入れ替わって、再びハキルナの詰問。
「ユハナスとやら? 貴様は向こうの出身の人間だそうだな? 妾たちの世界から利を吸い上げんと企んで訪れたのかえ? 答えよ!!」
あーもう!! こういう人面倒臭い!!
「そうとも言えますよ!! 事がここに及んだ以上は! そもそもですよ? 取り引きというものは、1が3になるくらいの利益を産まねば、手を出すものではない。そういう鉄則が、僕らの世界の商い人の間にはありましてね!!」
「そうとも言える?! 聞いたことか魔導司祭諸兄!! この軟弱な喋々と喋る男は!! 所詮は向こうからの尖兵よ!!」
「うるさいっすね? ハキルナさん」
「?! な、何という無礼を抜かすかっ!!」
「よく聞いてください! さっきの3の利益の話です。こちらのマイテルガルドから、1の物資を持っていく」
「……損だ、それは」
「短気。よく聞いて。それを向こうで売る。3の利益が産まれるように」
「都合の良い! そんな交換をする者がいるものか!!」
「います。言ってしまえば、こちらの食べ物の味は、美食に信じられない程の富を注ぎ込む、向こうの美食家の舌に十分に乗るだけのクオリティがあります。彼らは美食に、とてつもない価値を見出すのです」
「……それで。それがどうしたのじゃ!!」
「3の利益が産まれれば。そのうちの1で、マイテルガルドから持ち去った物資分の再生産をする。さらに、次の1でこちらの純利益と為し。最後の1の利益で、向こうの世界の産物を買い取って持ち帰る。さて、この『商法』に。論理的欠落はありますか? 光の魔導司祭、ハキルナ様。並びに、闇の魔導司祭、ジルガド様!!」
幸い、この二人の魔導司祭は頭が良く理解が速かったらしく。むっつりと沈黙した。
すると、そこで。聞きなれない声が聴こえてきた。
「ふ~む。君素敵ねぇ。ユハナス君っていうんだね?」
なにやら、柔らかみのある、やたらと綺麗な声。
僕がその声の主を見ると、青い長髪を伸ばした、洒落っ気のあるローブ姿の女性がいた。
「……貴女は? どなたです?」
「うん。初めまして、よね。ユハナス・ユヴェンハザ君。私は、オクシオ。水の魔導司祭、オクシオよ」
「……そうですか……。これで、6人全員の魔導司祭様を知ることができました」
「あら? 貴方、ここに居ないあのヴィハ・ムの事も?」
「はい、知っています、ここに向かう旅程の途中で会いました」
「あはは。そう。で、それはともかくね。私は、君の唱える二世界間貿易の話。すっごく興味あるなぁ……」
水の魔導司祭、オクシオさんがそう言うと。ハキルナとジルガドが目をひん剥いてオクシオさんを睨みつけたが……。オクシオさんの眼光もまた強く、二人の視線を跳ね返した。
「ニールヘルズ陛下。このマイテルガルドの河川、湾海などで私が行っている、貨幣を媒介とした物資取り引き。それが、この者たちがさんざん口にしている『商人』というものが生計の道として用いている、利の産み方とすれば。それにもっとも詳しいのはこの私です。この形の利産は、取り引きが多く、広範に渡るほどに巨利を産みます。実は、このユハナス君が言っている、新しい二世界間貿易はとてつもない利益と豊かさをこのマイテルガルドに、そして向こうの宇宙にすら。もたらすものかと推測されます。どうか、決断を!! 実行に移すべきかと思われます!!」
そして、会議室の最上位の席に座っているニール君に。オクシオさんがそう薦めるのだった。
* * *
「全くあの女!! 今まで我らと共に。我が向こうの宇宙に伸ばした連絡手段で、味方につけたまだまだ勢力が弱いなれど、確かに向こうへの侵略の楔となっている、あのシャルシーダ星系の宰相と。あの、不安に潰れそうだった可愛い可哀想な頭のいい坊や。その手でこちらに送られてくる貴重な物資の味やら機能を楽しんでおきながら!! その入手手段が大きく開かれるとなった途端に裏切りおってからに!!」
ニルズハイムの休憩室の一つで、ジルガドがハキルナと二人、そう憤慨していた。
「そうだ。その通りだとも、ジルガド。この分では、あのオクシオの海上船に飛行機能機械と重力制御装置を取り付けた、向こうの宇宙戦の為の仕様の数隻の実験船舶も。あの女がタダ取りにするかもしれぬわ!!」
ハキルナも憤る。そう、この二人はマイテルガルドの技術と、向こうの物理宇宙の技術の融合をいち早く始めており、それによるアドバンテージでマイテルガルドでの権益を伸ばし、なおかつ物理宇宙の支配権の確立を夢見ていたようだ。
「まったく、オクシオも。それよりも何よりも、あのユハナスだ!! まるで、貨幣や利益循環を操って、戦争を起こして奪うべき利益を食い物にしようとしているようではないか!!」
そうだったのだ。このマイテルガルドでは、利益というものは奪う物。
その歴史が、太古から永きに続いている。
それゆえに、その世界で長くを生きてきた彼と彼女。ジルガドとハキルナには。
オクシオの変節の理由も、ユハナスの商理論も。
理解はできても感情的に忌々しいモノだった。
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