66.魔導皇ニールヘルズ
「……来ましたか、ユハナスさん」
マルテロの先導に従って、リジョリア・イデス号を着船させた、カーズ・ディールの上空に位置する浮遊城、ニルズハイムで。
アーヴァナさんの紹介と、迎えに出て来ていたというマルテロの力で、僕らはあっさりと魔導皇ニールヘルズ、いや、ニール君に会うことができた。
「……あれから、二年? いや、三年くらいになる。大きくなったね、ニール君」
黒い装飾鎧と、金のローブを纏ったニール君に、僕はそう言った。
「ええ。僕は、ユハナスさん。貴方に尊大な態度を取るつもりはないです。こちらでは至上の皇位にあるとはいえ、向こうでは最底辺に産まれた僕を救ってくれた、その優しくも気高い心を持つユハナスさんに。大きな態度はとれないですよ」
身長が随分伸びたな。身体は12歳くらいに見えるけど……。時間の流れが僕らの宇宙と同じなら、ニール君はまだ9歳か10歳だ。
「そっか。ニール君は随分としっかりしている。僕ら、覚悟してたんだ。ニール君はこちらでは魔導皇。会いに来たはいいけれど、僕らはさっぱり相手にされないで追い返されるんじゃないかと」
「……ふふ。そんなわけないじゃないですか、水臭いですよ、ユハナスさん」
凄まじい力を感じさせる。しかし、それを一切威圧に使っていない。ニール君の様子はそんな感じだった。これなら、詳しい話が聞けるかな? と思って僕は口を開いた。
「ニール君……。アーヴァナさんから聞いたけど。ニール君は、ニール君が一度転生した僕らの世界を、こちらの世界の軍勢を率いて侵略するつもりだって。それについて、聞かせてもらえないかな?」
ニール君は、頷いた。そして、応接室に居た全員分にお茶を振舞うようにとメイドに命じた。
「全くそのつもりはない。……とは言えないんですよ、ユハナスさん。向こうの富を求めての侵略、というよりも。じつは、僕はユハナスさん達の宇宙以外にも、幾つかの宇宙に転生をして。実地調査をしていたのですが。どうやら、『物理文明タイプ』の宇宙では、過去にできたものの中で一番クオリティが高いのがユハナスさんたちの世界なんです」
「……クオリティ……」
「そうです。このマイテルガルドでは、宇宙卵と闇魔導の力で、新世界を創ることができます。しかし、その新世界は、このマイテルガルドからの力や栄養の流入が無ければ枯死します。その栄養が何かと言えば……。敢えて未洗練にした、このマイテルガルドで産まれた悪感情思念。つまり、貴方たちの世界で言うところの……」
「なるほど、宇宙悪霊か……」
「はい、そうなりますね。あれはこちらから送り込んだ栄養素なんです。ユハナスさんたちの宇宙内でも、自己発生することもありますが。やはり濃度と栄養素が低い」
「ってことは。僕らは、僕らの宇宙は。このマイテルガルドの資源で養われてきた。そして僕らはそれを知らずに、宇宙の覇権を持っていると思っていた。そう言う事?」
「ふむ。言いにくい事ですが、そう言う事になりますね」
「ということは、僕らはそれを取り返されても文句は言えない……、という論法?」
「いえ。こちらから栄養素を送り込んでいたとしても。気の遠くなる様な年月を経て、今の向こうの文明を築いたのは、ユハナスさんたちの世界の人間たちや、その祖先たちです。その所有権を奪うわけではないのですが……。こちらも、投資したものを利益を上乗せして受けとれねば、新世界を創った意味がないのです」
「……というと? 僕らの宇宙から求めるものは何? ニール君」
「はい。科学文明の産物。それになります。実に高度な魔法を放つのと同等の働きをする、優れた科学技術や機械を。僕はそちらに居た短い時間の間にも沢山見ました。触りもしました。あれらの機械や、技術。そう言ったものがあれば、このマイテルガルドはかつての『世界を産み出した後の滅びの傷』から立ち直ることができます」
「……そう、か」
「はい。僕は事情があってこちらに戻って来て。ユハナスさんたちと別れるときには、僕の事を忘れろと言いましたが……。まさか、ユハナスさんたちが次元移動をできる技術を持っていて、しかもそれでこちらに乗り込んでくる度胸もあるとわかれば。僕も欲が出ます」
欲が出る、というニール君。何についての欲だろうか?
僕はちょっと想像がつかなかったので、そう聞いてみた。
「わからないですか? ユハナスさん。貴方は、次元移動の機能がある船を持っている。イデスさんの船です。その船を用いて、僕は貴方にあることをしてほしい」
もっとわかんなくなってきた……。
なんだろう?
「なんだい、ニール君。ハッキリと言ってよ」
僕がそう言うと、ニール君はまた。
悪ーい笑いをした。
「向こうの宇宙では、物資管理と金銭管理、データ管理ががっちりしていて。売ったもの売られたもの、買ったもの買われたもの、また、その取引データがかっちり残りますが……。そこをうまい事ごまかして。向こうの技術機械や技術物資を。こちらに横流ししてほしい。そう言っているんですよ。一つありさえすればそれは、こちらの物質複写魔法で、容易くコピーが作れる。そういう悪い商売、ユハナスさん、貴方にできますか?」
* * *
「……とうとう、こういう日が来ましたわね。ユハナス様」
ニール君との会談の後、リジョリア・イデス号に戻って事情を話すとイデスちゃんがそう言ってきた。
「……拙いよね、ぜったいに。ライセンスの問題もあるし……」
「ええ、なりません。このイデス、ユハナス様を補佐してきた身として、その手は絶対にとってはならないと存じます」
「しかし、だよ。イデスちゃん。ニール君は、向こうの宇宙の連中が物分かりが悪ければ。実力行使に出る、って言ってるんだ」
「……考えてください。マイテルガルドにも、特産物はなくはないのです。さまざまな魔力を持つ魔石、魔法文明による、魔道具。それに、それに。風味野性味豊かな、とても美味しい食材。こう考えてみてください、ユハナス様。ユハナス様は、向こうの宇宙の科学技術機械や物資を手にれるために、何ら疚しい事を抱えることなく。マイテルガルドの物資を運び、私たちの、向こう宇宙で売る。そして手に入った金銭で以って、機械や物資を買い、このマイテルガルドに持って帰る。それでいいのです」
うーむ。うーむ。なんかすごいことになりそうだ。
本来ニール君を連れ戻すために来ただけの、このマイテルガルド。
そのマイテルガルドと、僕らの宇宙の間で。
大貿易を始めるべきだって、イデスちゃんが言い始めたんだから。
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