65.狡猾な顔
「お待ちしておりましたよ、地の魔導司祭アーヴァナ。並びに、ニールヘルズ陛下にお目にかけるためにその船に乗っていらっしゃった、空飛ぶ船のクルーたち!!」
その男は。
洗練された巨体を持つ、空飛ぶグリーンドラゴンの大群を従えて。僕らのリジョリア・イデス号の眼前に空中陣を敷いて待っていた。
「……! きっさま! マルテロ!! 風の魔導司祭マルテロか!!」
「いかにも。相も変わらずガサツな声を放つ、この田舎女が!」
僕らの船のブリッジのアーヴァナさんと。僕らの眼前に滞空しているひときわ大きなフライングタイプのグリーンドラゴンの背に乗っている、何やら華奢な長身の男が対話をしているが、僕は頭の中に大きな疑問符が浮かんだ。
「イデスちゃん。何でアーヴァナさんの声が外に聞こえて。アーヴァナさんがマルテロと呼んだあの男の声が船内に聞こえて。船の内外で会話できるの? この船、防音効果ばっちりの素材でできてるよね?」
僕がイデスちゃんにそう聞くと、イデスちゃんも大きく首を傾げた。
「……どういう仕組みかはわかりませんが。私たちにも聞こえていると言う事は、あのマルテロという男の声は確かに船の中に届いています。ですが何故……?」
さっぱりわからないので、僕とイデスちゃんは首を傾げつつも会話を続けるアーヴァナさんを見た。
「貴様マルテロ! 我らの上京を阻むような指示を放っておきながら。何を今更、迎えに出るか!! ははあ? さては貴様! 我らに余計な手を差し向けたことを魔導皇様に知られ、叱責を受けて反省でもしたか?! ははははは!!」
アーヴァナさんは、あのマルテロとか言う美形で華奢な男が嫌いなようだ。そう言えば、以前にも口に出していたな、自分を目の敵にしている男だとか、自分を気に入らないと思っている男だとか。それが確か、風の魔導司祭マルテロだったような。
「ふん。黙れ田舎芋女。風魔導術発効。『沈黙の風』」
マルテロが、ブリッジの窓のすぐ外側で。呪文を唱えて指を振ると、アーヴァナさんの周りに、緑色に光る空気が湧き立った。
「! おの……れぇ……むぐぐ……!!」
あれ? 何だろうか。アーヴァナさんが何もしゃべらなくなったぞ?
「さて。ここからは私の指示に従ってもらおうか? 空飛ぶ船のクルー。なに、心配することはない。ニールヘルズ様に会いたがっているという、君たちの要望は聞いている。それを叶えるに、私も吝かではない。ただ、その紹介者がそこの芋女からこの私に託されて、この素晴らしく垢抜けた都会人のマルテロ様になるという形に変わるだけだ。なにしろ、魔導皇様への人材推薦の取次は、大きく功績を稼げるかも知れないチャンス。そんな役目をその芋女に任せておいてなるものか!」
あらら。なんというかね、ここでも内部争いだよ、六大魔導司祭間の。この人達、本当に仲が悪いなぁ……。
「……マルテロ様、と仰るのですか?」
僕は、そこで口を開いた。どうやらあの風の魔導司祭マルテロには、このブリッジの中の音のやり取りが聞こえているような様子が見えたから。
「如何にも、飛空船の乗組員よ。私が風の棟梁、マルテロだ。私は、君たちのリーダーと話したい。話してもらえるかな?」
そう呼ばわってくるマルテロ。ここはまあ、様子見だな。少し話してみよう。
「僕がリーダーのユハナスです。マルテロ様、アーヴァナ様に何をしたのですか? 突然喋らなく、いえ。喋れなくなったようですが」
僕がそう問いただすと、マルテロがくすくすと笑っている声が響いてくる。
「風の魔導種族は霊声によって音と大気を司ることに長けていてね。遠隔で音を通さぬ壁を越えて話すことも、その応用で遠隔で魔導術をかけることも。容易くなす事が出来るのだよ。アーヴァナの声は、私が封じた。自己回復が成されるか、何者かが解除をしない限り。アーヴァナは喋れぬよ」
うーむ……、そう言う事か。しかし、声を封じられて凄まじい表情で窓の外のマルテロを睨みつけているアーヴァナさんも、アーヴァナさんを芋女芋女と罵るマルテロも。
とても、僕らの向こうの世界で言ったら、大人の態度には見えないぞ。
* * *
「ユハナス君。この緑色の酒は旨いな!」
何やらあの後。僕が、とにかくアーヴァナさんの声を戻してくれと頼んだので、その為に僕らの船の中に乗り込んできたマルテロがそんな事を言って。イデスちゃんが挨拶の時に出したカクテルグラスの中のキウイリキュールを飲み干す。
「きっさま、マルテロ……! 厚かましいぞっ!」
「何を言うかアーヴァナ? この船はどう見ても貴様の所有物にはなっていない。だとしたら、その持ち主の許可を得れば。この私も客として迎え入れられてもいいと言う事だ」
アーヴァナさんは、マルテロの魔導術解除法をうけて、声を取り戻したが。マルテロに掴みかからんばかりの表情だ。
「貴様は、覚えていないのか? 我らが大地の領域から炎の領域にこの船で差しかかった時!! 貴様の眷属の、翼竜が大量にこの船を襲ってきたのだぞ⁉」
ああ、アーヴァナさんが激昂している理由も尤もだ。
「マルテロ様。この僕も疑問です。アーヴァナ様から伺えば、あの翼竜は風の眷属で、風の魔導司祭の貴方の手の者であったということです。それに襲われた僕らが、貴方の言葉を信じるのは、とても難しいことだと思われるのですが?」
僕は、アーヴァナさんにはさんざん世話になっているし、この男の手の者に襲われたことも事実なので。
船に客として入れはしたものの、答え方によってはすぐにでも追い返したい気持ちだった。
「ふん♪ ふふん♬ 短慮だよ、ユハナス君とやら。あの翼竜の事だろう? あれは、私の一存ではなく、魔導皇様の指示によって行ったものだ。私は別に君たちに好意も嫌悪も抱いてはいない」
謎のような事を言うマルテロ。
しかし、この男は言葉通りに信用するには。
その顔が美しいながらも、その顔が。
狡猾な顔だった。
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