64.アイヘンアルムの大扉
「……! なんですか、あの大きな……!!」
僕は、リジョリア・イデス号のブリッジから見える、その巨大構造物を見て。余りの大きさに驚愕して、思わずアーヴァナさんに聞き質した。
「アイヘンアルムの大扉。時空転送機能のある、魔導の都への唯一の入り口。たとえあれを迂回して後ろ側に回れたとしても。あの大扉をくぐらぬ限り魔導の都、カーズ・ディールにはたどり着けない。そういう仕組みの関門だ」
アーヴァナさんはそう答える。
成程、あれは迂回して進むことはできないのか……。正当な侵入資格が無い者を拒む点では、何やら僕らの世界のコンピュータのファイアウォールに似ているなと僕は思った。
「僕らは、くぐることができますよね? アーヴァナさん、貴女がいるのですから」
「ああ、その点は心配いらない。私は、魔導皇ニールヘルズ様から許可をいただいている」
「よかった……。では、あの扉をくぐれば……?」
「ああ、いよいよ。カーズ・ディールに到着という訳だ」
「ほっ……。やっと、ニール君に会える……。良かった、あの子のことが、ずっと心配だったんです……」
「……ユハナス君」
「? なんですか、アーヴァナさん?」
「君の知っているニール君、という少年がどうであれ。私たちが知っている、魔導皇ニールヘルズ陛下は、怖ろしい方だ。そこのところは心に置いておいた方がいい」
真剣な顔。真剣な視線。それを僕に向けて来て、アーヴァナさんはそう言葉を向けてきた。
「怖ろしい……? とは?」
「ああ。あのお方には情はあるが……。だが、マイテルガルドを治める者として、非情な決断も多々行ってきた方だ。マイテルガルドを結果的に良くするためには、手段を択ばぬ。そういうお方なのだ」
そう聞けば、この激しく厳しい世界で皇位にあるニール君には恐れを抱くかもしれない僕だった。そして、僕らと一緒にいたころのニール君のことを思い出して。
僕はあることを思い出した。ニール君がプログラム言語を弄っていた事を。あの時はレウペウさんが見てビックリしていたな。
あの時のニール君は、まだ向こうでは7歳に過ぎなかった。そんな少年が、プログラム言語を操ると言う事は……。僕はまた、別の事を閃いた。
「アーヴァナさん。いままで、僕らの世界にこちらのマイテルガルドから訪れ。そのまま定住して向こうにいる者も、きっと少なくない。僕はそう思いました、今」
つまり、こちらでの記憶は。向こうに行っても消えないんだ。それが例え、ニール君のように転生の形をとっていても。だとしたら、その記憶や知識という生きるにあたってのアドバンテージを持っていられる向こうに、転生や転移で移り住もうというものも少なくないはずだ。
僕がそう言うと、アーヴァナさんは腕を組んで考えて、口を開いた。
「……その推測は。当たっているかもな。以前にそこのシオン君が言ったように。ニールヘルズ様の異界生活は、その現地調査であったという可能性も多分にある。ひょっとしたら魔導皇様は、向こうに逃げた人間たちの追跡のためにも、向こうに行ったのかもしれない。そして、ジルガドによって連れ戻された。さて、何故か。なぜ、ジルガドは突然、魔導皇様を連れ帰ったのか。何かありそうだな……」
深く考え込むアーヴァナさん。僕はもう、話しかけなかった。
魔導司祭間の事情がいろいろあるのだろうと思ったからだ。
それに詳しくない僕が口を挟むところじゃないと思ったんだよ。
* * *
「船ごとくぐれるな……。全く問題はない」
アーヴァナさんがささやいた。
アイヘンアルムの大扉が、その接地部分に居た門番部隊の働きで開いた後。
明らかに、扉の後ろにあった光景と扉の中の光景が違うことが分かった。
転移の術が、この凄まじく巨大な門の全体にかかっているというアーヴァナさんの言葉を聞き、僕は僕らの宇宙と桁違いの力を持つ、マイテルガルドの凄まじさを改めて認識した。
僕らの世界では、僕らの乗っている宇宙船サイズの転移空間を展開、維持するのも、極一瞬しかできず。それをこの巨大サイズで維持し続けている、魔導というらしいエネルギーの膨大さはどうなんだろうと考えると、何か気が遠くなってきた。
* * *
アイヘンアルムの大扉が、僕らを通した後に。後ろで閉まっていく。
前を見れば、薄く霧が立ち込めるように。
視界が白く明るい。
見える光景は。
さまざまな色彩で彩られた、無数の尖塔。
丘や崖を整えて、安全対策を施し、その上に建っている、城郭、城塞、邸宅。
下の方に広がっているのは。
黒色の石でも敷き詰めたかのような、黒い道道、街道のようだ。
その街道沿いに、おそらくは。城郭や城塞、邸宅になどに住まわない、庶民が住んでるだろう家々が立ち並んでいる。
「揺蕩っている白色の霧は、ある程度以上の見通しを阻むこの都の防衛機構の一つだ。この霧があることにより、この魔導の都の中空にある、魔導皇城ニルズハイムは予め座標を知らされていない者にとって、非常に見つけづらくなっているという訳なんだよ」
そのように説明してくれるアーヴァナさん。
「ここ……。全然文化が衰退していないじゃないの……。エソムの里はあんなに荒廃していたのに……」
シオンさんが呆れきったような口調で言葉を放った。
「それはな。当然だろう。この魔導世界の主が住まう都。まず開発をするとすれば、そこから始めるのが筋というものだ」
シオンさんに応えて、そういうアーヴァナさんに向かって。
「そういう開発システムというものであることは。お話を伺っていてよくわかりますわ、アーヴァナ様。しかし、この格差。この魔導の都には、不法滞在の人間が多く居ると思われます。そこのところはいかがでしょうか?」
澄ました顔で、イデスちゃんがそう尋ねる。
それを聞いたアーヴァナさんは、何故か突然笑った。
「世界の主要都市開発のシステムと、機能と豊かさを求める人間の心。その双方が分かっていると言う事か、イデス君、君には」
「それは修めております」
「となれば、当然のようにわかるはずだったな。人は、弱き心の人は。己に与えられた仕事を為さないうちに、栄光栄華、栄耀を味わいたがるものだ。それらは己の土地を耕し続け、都市を開発し続ければやがて来るものとは知っても。待つことができず、上京してくる者たちは絶えることがないのだよ」
困ったような顔をする、アーヴァナさん。
イデスちゃんの話とアーヴァナさんの話で、僕は大体わかった。
アーヴァナさんが、この都に居を構えず。ここに比べればはるかに鄙びた、地の都で開発を続け。
その発達を促しているようには、なかなか一般の人間は。
世の中の進化を待てないものなんだな、ということが。
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