60.炎の領地、ボルフレイム
「そこの台地に。着陸させられるかな? イデス君」
「……スキャンした限りでは、十分な強度と広さがあります。着陸に移ります」
翼竜の群れと交戦した後。一週間ほどの行程を魔導の都に向かって進んだ、僕らのリジョリア・イデス号。
この先も一気に魔導の都、カーズ・ディールに向かうのかと思えば、アーヴァナさんがここら辺の炎の領地、ボルフレイムで話したい相手がいると言ってイデスちゃんに着陸を願うのだった。
僕らは、それを認めざるを得なかった。何にしても、アーヴァナさんがいなければニール君と会うことは叶わないんだから。
「ユハナス君。それに、その部下たちも。着いてくるかね? 旨い飯が食えることは保障しよう。ここは、炎の領地ボルフレイム。火山地帯と野生動物の豊富な草原地帯の土地を持つ領域だ。ボルフレイムの動物の肉は旨いぞ?」
そんなことをアーヴァナさんが言うものだから。僕は思わず、地の宮殿で食べた料理よりも旨いものがあるのかと、思わず喉を鳴らしてしまった。
「行ってらっしゃいませ、ユハナス様。それに、皆さま。留守は、このイデスが守っています。何の心配も要りませんわ」
そう言って、僕らを送り出してくれるイデスちゃん。まあ、船の守りにおいてイデスちゃんを上回る手腕を持つ者は、僕らの中にだれもいないからね。
* * *
ボルフレイムの草原を歩くこと暫し。草原の向こう側に、大きな街の影が見えてきた。
「ボルフレイムの都。別名、炎の都だ」
アーヴァナさんはそのように言う。
「アーヴァナさん、地の魔導司祭たる貴女が会いたい相手とは……?」
僕がそう聞くと、空気は乾いているが日差しが強い為に気温が高いここら辺の気候のせいで、少し額に汗をかいているアーヴァナさんが答える。
「当然、炎の魔導司祭だ。実はな、古の文明が滅んで以来。このマイテルガルドでは六つの魔導種族による争いと協力が繰り返されている。それで私は、我が地の魔導種族と炎の魔導種族と協力を結んでおきたくてな。マイテルガルド最強の戦闘種族だからな、彼ら炎の魔導種族は」
ふーむ、なるほど。地の産物を司る、アーヴァナさん以下の地の眷属と、動物の肉と戦闘を司る炎の眷属か。組み合わせとしては強いだろうな。
「その、炎の魔導司祭。名は何というのですか?」
「ああ。ヴィハ・ムという。男の魔導司祭だ」
「気性は、どのような方です?」
「炎の気性のままだ。とても激しく、小細工を嫌う」
「……説くのに難しそうな相手ですね」
「そうでもない。単純な話を持っていけばいいだけだ。込み入った策略を陳列しようものなら、破壊力凄まじい奴の炎魔導で塵にされはするが」
「……そうですか……」
さて、そのヴィハ・ムという炎の魔導司祭。多分僕とは相性が悪いだろうなと、僕は思った。
何しろ、どう考えたって武人だ。魔導師と言えども、アーヴァナさんの口から出た彼の特徴は、武人のそれだ。
それに対して僕は商人。商人の取引と商人の思考で生きている。
数値計算や経営、それに利得を重視する僕と、武人の気質のヴィハ・ムという男は、どう考えたって仲良くはならないだろう。
「交渉は、アーヴァナさん。貴女がなさるのですよね?」
「無論だ。だが……」
「? 何でしょうか?」
「実はな。ヴィハ・ムのような男を説くには、強烈な力をこちらが得たことを見せるのが最もいい。ついては、希望があるのだが……」
* * *
「来たか、アーヴァナ」
炎の都の北の奥区画。最も尊貴なものが住まうという区画で、ヴィハ・ムはアーヴァナさんと面談を持つことになった。
豪奢な黒と真紅の布で出来た魔導司祭のローブをまとったヴィハ・ムは、自分の宮殿にアーヴァナさんと僕らを入れて、席を与えると会談を始めた。
「どうだ? ヴィハ・ム。軍事力の充実は。成っているか?」
「はは。まあ、ぼちぼちだ。ところで、あの二人が昔から主張している別の世界へ攻め込むという、光のハキルナと闇のジガルドの共謀。ニールヘルズ様はあまり感心していないようだがな。まあ、奴らにとってはいい謀かもしれんが、俺としてはこのマイテルガルドの開発や充実をしないうちに別世界に攻め込む利は、いまいち理解できん。敵を増やすだけじゃないのかってな」
「ふむ。尤もな話だ。実はな、ヴィハ・ム。私の元に面白い連中がいる」
「あ? 面白い連中? サルでも拾ったか?」
「……サルよりははるかに頭が良いわ。むしろ、事によっては我々が彼らにサル呼ばわりされかねん」
「ほぉ? 地の魔導司祭の貴様が、価値を認めた相手がいるのか。面白い、ちょっと話させろよ?」
「構わぬ。おい、ユハナス君。ヴィハ・ムと少し話をしてみてくれ」
はぁ?! いやいや、それ拙いって!! 僕絶対にこの手の人と話題合わないし!!
「ほぉー? お前、ユハナスってのか。随分と若いな。しかも、魔導師でも武人でも、工匠でもないな? 何やって生きてんだよ? そもそも、どうやって食ってんだ?」
僕の戸惑いも構わずに、ヴィハ・ムはどんどんと話しかけてくる。
しょうがない。僕は腹を括った。
「ヴィハ・ム様」
「おう」
「ヴィハ・ム様は、水が豊かな地域と、水が乏しい地域で。水の価値が変わるとは思われませんか?」
「ああ? 違うに決まってんだろ? 水がねえところで水持ってきたやつがいたら、そりゃ渇いてりゃ金貨を褒美にやってでも自分の物にするぞ?」
「はい。僕らの生計の道は、それです」
「? あ?」
「ですから、水に限らず。物資に不足している地方に、物資を搬送して売り払う事により、利を得ているという訳です」
「……なるほどな。守銭奴か。いるぜ、マイテルガルドにも。そういう奴らは。自分じゃ何も産み出さずに、右に左に物動かすだけで、金を大量に持っている奴。感心しねぇな。本来金ってのは、それで買い取れる物資の価値を示すもので。移動や運搬の分までは含んだ価値じゃねえんだ」
「その、移動や運搬に。むしろ、物資とは別に金銭価値を見出した人間には。僕らのような生計の道を立てているものはとても重宝されます」
「へえ? じゃあ、よ。例えば、俺が軍を率いて遠方で敵軍と戦っているとする。食料が切れて来てヤバい。そう言ったときに、お前に依頼すれば。お前は危険を冒してでも、食料を運んできてくれるってのか?」
ニヤニヤ笑う、ヴィハ・ム。こりゃ、試してるな。僕はちょっとムカついたので、声を張って言い返した。
「それが、商人道です。依頼され、依頼を受けた以上。僕らはその荷物や物資の運搬に命を賭けます。ただ、運搬や輸送に万全を期すために、十分な安全措置は取りますが」
「……へえ?」
なにやら、ヴィハ・ムは感心したような顔をした。
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