58.魔導の都へと

「ユハナス君。君の言う事が本当だとしたら……。私が便宜を図ってやってもよいぞ」


 地の都で、地の宮殿で。起居していた僕に、アーヴァナさんがある日に突然そう言った。


「……? 便宜? 何に対しての便宜ですか? アーヴァナさん」


 僕は何のことかとんとわからなかったので聞き返してみた。


「魔導皇ニールヘルズ陛下。君たちにとっては、幼い少年ニール君。その偉大なるお方に、面談面謁する為の便宜を図ってもよいと。私は言っている」


 ! この地の都に来てわかったことだけれど、アーヴァナさんの権力と実力は絶大で、荒れているとはいえ安定したある程度の生産力を誇っている大地の産物、つまりは食料に対する利権や取り引きに対する権限は僕が思っていた以上に大きなものだった。


「私は、地の魔導司祭。形式上は光、闇、炎、水、風の魔導司祭と同格の力を持つ。私が口をきき、魔導皇様に会わせたい者があると言えば。それは現実化することはそう難しい事ではない」


 そうか……。ニールヘルズという名を持ち、魔導皇の役職にあるニール君。あの子の、本当の気持ち。それを知るには、実際に会うに越したことはない。僕らが日々悩ましげな顔をしているのを見て、アーヴァナさんはそれを酌んでそんな事を言って来てくれたのかもしれない。


「……アーヴァナさん。大変ありがたいです。実は、僕らは。ニール君の真意もわからず、僕らが元居た世界への戻り方も分からず。相当に気持ちが腐っていたことは確かなんです。先に進めれば、この濁りも払拭できるのですが……。お言葉に甘えて、宜しいですか?」


 僕が一歩引いた態度でそう聞くと。アーヴァナさんはくすくすとくすぐったいように笑った。


「君たちが、こちらに来てから。我が農法も随分と補強と洗練をされた。事に農機具の発達は目覚ましいばかりだ。これくらいの便宜を図るくらいは何と言う事もない。ユハナス君、君は女性を知らないのではないか? 女性に対する贈り物をしつつも、その代償を求めないというのは、女の気持ちを酷く侮辱しているのと同じことなのだぞ?」


 そういって、あははは、と笑うアーヴァナさん。

 ……女性を知らない、か。


 じつは、マティアさんが僕の寝床に忍び込んでくる『事故』はたびたび起こるものの、保健の授業で説明されたような『そう言った行為』はいまだにしたことがない僕である。


「では、女性の気持ちに沿って。僕らはアーヴァナさん、貴方の好意を受け入れることにしたいと思います。魔導皇ニールヘルズ陛下、僕らの可愛いニール君に。面謁する機会を是非、設けていただきたい」

「相分かった。理由は何とでもでっち上げられる。変わった旨い酒が手に入ったという程度の理由でも、六大魔導司祭が魔導皇陛下に面談を持つことは難しくはないのでな」

「その理由ですが……。僕らのリジョリア・イデス号をお目にかけるため、という理由ではどうでしょうか?」


 僕がそう言うと、パチン、とアーヴァナさんは指を鳴らした。


「それだな、ユハナス君。なかなかに冴えているではないか。その理由であれば、あの空飛ぶ船で領地境界線を超える事にも問題は起こらぬ。私も長い陸路や酔う転移魔法陣を使わずに、楽な空の旅で魔導の都『カーズ・ディール』に向かうことができる。いいアイデアだよ」


 アーヴァナさんはそう言うと、部下を呼んで黒い紙に白墨で魔導の都に上京することと、その理由を書き綴らせてから。


「飛ばせ」


 とその部下に告げた。

 アーヴァナさんの部下は、その書状に手をかざして、何やら呪文を唱えた。

 すると、その書状が突然消えた!


「……? 何をなさったんですか? アーヴァナさん。あの方は?」


 僕が、アーヴァナさんに問いただすと。

 アーヴァナさんは笑って答えた。


「魔導の世界、マイテルガルドの遠隔通信手段。書状転移の術だ。簡単な理屈で、手紙を書いて転移術で指定の座標に飛ばしただけの話だよ」


 とのこと。まあ、何というか。

 マイテルガルドの技術は、所々で僕らの世界よりも便利な点もある。


   * * *


「では皆さま。これより座標指定入力が完了した魔導の都、カーズ・ディールへと向かう事に致します。宜しいですね? ユハナス様、シオン様、レウペウ様、マティア様、ルーニン様。更には、同行してくださるアーヴァナ様」


 上空高く舞い上がった、リジョリア・イデス号。そのペア・アニヒレーションドライブを起動する前に、イデスちゃんは全員に確認を取った。


「ニール君が置かれている環境。それがどんなものなのか。確かめなくちゃならないからね」


 と、僕は言い。


「あの子が、本当に私たちの宇宙を狙っているのか。そこは問い詰めないと」


 とシオンさんが言う。


「俺とマティアは、こちらでの仕事を終えたら。向こうの宇宙に戻ってやらねばならぬことがあるからな。こちらに永住するわけにもいかぬ」


 そういうレウペウさん。


「にい。あんまり余計なこと言っちゃだめだからね!!」


 レウペウさんの言っていることの意味を正確に察しているように、マティアさんが口を尖らせた。


「わたしは~。ユハナス君の行く所ならどこでもいいよ~♪」


 なにやら、取りようによっては。僕に最大限の好意を向けてくれるとも受けとれる、ルーニンさんの言葉。


「ふむ……。私も少々疑問があるのだ。魔導皇ニールヘルズさまは、物事に対して奪うを良しとせず、与えることで事象を動かしてきた。その魔導皇様が、翻意したかのようにユハナス君、君たちの世界を奪うという方針を出したことにな。ともあれ、確かめに行こう。魔導の都、カーズ・ディールへと!!」


 最後にそう言ったアーヴァナさんの声を聞き。


 イデスちゃんは頷いて、リジョリア・イデス号のメインエンジンを起動した!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る