5章 リーゾン・オブ・ワールド・ワズ・ディバステッド

57.かつての滅び

「……知ってどうする? 魔導皇陛下の事など。貴殿らは来訪者。帰る方法を探しているのかとでも思ったのだが……な?」


 僕らが魔導皇ニールヘルズの事を聞いたとたんに、キツイ視線をこちらに向けるアーヴァナさん。


「僕らが……。こちらの世界に来た理由。それが、その魔導皇ニールヘルズ様を救うためだと言ったら……。笑いますか?」


 僕は怖かったけど。すごく怖かったけど、アーヴァナさんのきつさと迫力を満々と湛えた瞳に、僕の畢生の意志力を込めた視線を叩き込んだ。


「ふっ……。見事だユハナス君。何に対してかは知らぬが、それは覚悟を決めた人間の視線。聞かせてくれ、君たちの理由を」


 アーヴァナさん、視線をすぐに緩めて、にんまりと笑う。存在感の塊のようなこの女性がそれを行うと、何というか強烈な色気が迸る。


「はい。僕らは、僕らの宇宙で産まれた、『少年の姿をしたニール君』の保護者なんです」

「……成程な。ここ近年、魔導皇陛下の魂魄探知の結果は常に虚であった。それがどういうことかと言えば……。そう言う事なのだな。魔導皇陛下は。ここから見て虚数空間での活動をしていた。そういう形になるのか……」

「はい、どうやらそのようです。僕らの世界の計算機器では、このブラックホールを抜けた先のこちらの世界での事象が虚数で現わされると聞いたことがあります。ならば、こちらの世界の観測法で僕らの世界を観測すれば。やはり虚数での結果で現れるのでしょう」

「しかし、ニールヘルズ陛下は戻られたぞ? 自分の意志でな。そして我らに号令を降し、自分が見てきた虚数領域の世界を征服する手だてを整え始めた。地の魔導司祭の私に伝わってきている情報と辞令は。そういうものだが?」


 僕ら六人は、アーヴァナさんのその言葉に凍り付いた……!


「ば。馬鹿なこと言わないでください!! ニール君は、僕らの宇宙で、世界で! 生きたいと涙をこぼして、こちらの世界に無理やり連れ戻されたと言うのに!!」


 僕は激昂してそう怒鳴っていた!! けど……。


「こちらの世界は。何が昔あったのかは分からぬが、酷く衰退して荒れ果てている。こんな世界に住んでいれば、俺達の宇宙、向こう側の世界に興味を持ち、所有したいとの思いも持つのではないか? 冷静に考えろ、ユハナス」


 レウペウさんが、酷く厳しい顔をしてそういう。


「だからって!! ニール君がそんな! あのニール君が、まさか……!」


 僕が動じまくっていると。シオンさんが物憂げな表情で杖を動かして呟き始めた。


「……すべて、そういう計画だったのかしら」


 何かを考えこんでいるようなシオンさんに。僕は怒鳴りかけの声を放ってしまった。


「なにが! どういう計画だっていうんですか⁈ シオンさん!!」

「だからよ! ニール君の魂が、私たちの方の世界に肉体を持って生まれたってのって! ようするに、世界の存在を知って、その下調べと現地調査をするためじゃないかって言っているの!! だって見てよ、レウペウ君の言う通り、この世界はこんなに荒れ果てているじゃないの!! 私たちの世界を欲して、当然と言えるわ!!」


 僕は、シオンさんに掴みかかりそうな表情をしていたらしい。僕の服の襟をひっつかんで踵を払い、後ろに引っ張って。マティアさんが僕を床にたたきつけた。


「落ち着け!! このバカ!! まずは背景がどうなっているのかを聞くのが第一でしょ? このバカキャプテン!!」


 マティアさんは、そう言うとイデスちゃんに目配せをする。


「……アーヴァナ様。お聞きしてよろしいですか? 見て感じてみれば、これほどに力に富んだ世界が。なぜこれほどに荒れてしまっているのか。お教え願えれば、今後の方針の参考になります」


 イデスちゃんが、僕らを代表してアーヴァナさんに聞いた。

 そう、そもそも。食べ物も力を持ち、空気も力を持ち、水も力を持ち。そんな素晴らしい世界であるこちらが、なぜにこれほど荒廃しているのか。

 整ってはいても、この世界に比べれば力が弱い僕らの世界を欲する理由は何か。


 そこのところは、聞いておかなくちゃならない。


 アーヴァナさんは、腕を組んで少し考えた。

 そして、しばらく考え込んでいたが、やがて。


「いいだろう。別に減るようなものでもない。こちらの世界の多少は学のある人間ならば、皆が知っていることだ」


 といって語り始めた。


「マイテルガルドは、万能の世界。全ての物を産み、全ての可能性を内包する。だが、この世界にはタブーが一つあってな」


 タブー。禁忌。何だろうかそれは……。


「それは、『世界の完成』だ。そういう理屈なのだよ。完成してしまえば、その世界はそれ以上の発展も変化も可能性も持たないことになる」


 あ。そう言う事か!!


「つまり、アーヴァナさん。このマイテルガルドという世界は、かつては大きな完成度を誇った文明文化があったと……? 言う事ですね?」

「ああ、如何にもそうだ。そうして、ほとんど完成を見た世界は。『文明文化の完成品』として、この世界から引き剝がされ。我ら残されたマイテルガルドの住人は、前のものとは違う文明文化の形を築き始めた。その、新しい時代の開発は遅々として進まず、我らは不便をしている」

「だから……? 僕らの文明文化の発達した世界の技術を……、奪うために?」

「分からぬ。ニールヘルズ陛下が何を考えているか。それは臣下の我らには想像がつかぬこと。ただ。魔導皇陛下の近くにある闇の魔導司祭ジルガドと、光の魔導司祭ハキルナがな。ニールヘルズ陛下の意を曲げて臣下に伝えている可能性もある」


 ……ちがう。僕らの世界を支配するなんて。ニール君はそんなことはしない。

 あの子はいつだって優しくて、心豊かで。


 人の物を奪おうとするような、子ではなかったから。

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