56.神官との別れ

「ユハナス君……。わたし、今までツイてなかったよ。ずっとツイてなかったのよ。でも、少し思えるようになったよ。ツイてない時期に、どれだけ頑張るか。それによって、ツイてない時期が終わりを迎える時が早まるってね。私は、あまり良い上司ではなかった。大地の僕たちに対して。そこに君たちが現れて、正してくれた。私は、それを受け入れないほどには無能ではなかった。よかったよ、本当に。お陰で、私は不遇の環境から抜け、不遇だったエソムの里も豊かさを持って生まれ変わったし。私は、そのエソムの里の農業興進を引き続いてアーヴァナさまに命じられる栄光を受けた。感謝してるのよ、本当にね」


 さて、イデスちゃんの操るリジョリア・イデス号がエソムの里の上空に辿り着いたとき。ニュルングとの別れのあいさつになったんだけど、さ。

 最初は尊大に振舞っていたニュルングが、もう、これ以上ないような感謝の意を僕らに示し、ぼたぼた涙を流しながら僕と握手した手を固く固く握りしめるものだから、僕は何というのか。

 思わずニュルングの後ろに回って、背中をさすってしまった。


「ありがとう、ありがとう」


 幾ら言ってもいい足りないように、嗚咽を漏らし続けるニュルング。


「ねえ? ニュルング。そんなに感激してるんだったら。もう二度と部下を殺したりしちゃだめよ?」


 幾分か柔らかい声で、マティアさんがそう言うと。


「わかっているのよ、私も。もう、私は以前のように自分の無能さを棚に上げて、成果が上がらないことを部下のせいにして。横暴を振るう人間ではないの。いえ、君たちのおかげでそうなれたのよ……」


 そんな風に返す、ニュルング。


「ニュルング、俺は貴様のやり方を最初に見たとき。激昂して貴様をぶち殺してやってもいいと思った。だが、そのやり方は貴様の本意ではなく、貴様の上官から課せられたノルマを貴様が何とか熟そうとしていた足搔きだったことがわかった。だから、もう責めることはない。しかし、な。貴様は、今まで殺してきた貴様の部下を深く弔う事を忘れるな。それから、だ。二度とあのような悲劇が起こらぬように。二度と貧しき土地で哀しい事が起こらぬように。貴様には、エソムの里を導く役目がある。頑張れよ。俺から言える言葉はこれだけだ」


 珍しく。長い言葉を連ねたレウペウさんが、そんな事を言った後に。少し照れたような表情でそっぽを向く。


「ニュルングさん~! 私が教えたやり方、変えるんだったらもっと良くしてね~? 上手く行かなくなったときは、基本に立ち返るんだよ~? そういうの大事だから!! ね!」


 ルーニンさんは。何よりも自分が教えた農法が活きることを嬉しく思っているようで、満面の笑みでニュルングに声をかけてそう言った。


「ニュルングさん? 貴方は悪い人じゃないことはわかるわ。そうね、善人と言っていい。ただ、悪い事を為す人間は、元々は皆善人なの。善人が、苦境に追い込まれたとき。なりふり構わぬ手を打った。そう言う事を人は責めて『悪事をなした悪人』と呼ばわるものよ。過去のことは、反省として覚えておいて、そこから教訓をくみ上げて。二度と同じ失敗をしないようになればいいの。その反省と教訓が得られていれば、後悔なんかに囚われないでいいわ」


 シオンさん、含蓄深い言葉を放つ。そうだよなぁ、うん。ニュルングを最初見たとき、その行いを知った時。何だこの酷い男は? とは正直言って思った。でも、それはニュルングとエソムの里の貧しさがもたらしたもので、実際豊かになってみれば、ニュルングはそんなに酷い男ではないし、エソムの里の大地の民も決して怠惰な人間たちではなかったんだ。


「ニュルング様。農機具の増産がやがて必要になるでしょう。この紙の本に、製法がこちらの世界の言葉で記されています。貴方に教えていただいたこちらの言葉ですので、少なくとも貴方には読み取れることと思います。これを用いて、エソムの里が更なる発展をすること。一時期とはいえ、その開発に携わったものとしてこのイデス、心から願いますわ」


 ゴスロリスカートの裾をクイッと持ち上げて、チャーミングで上品な礼をするイデスちゃん。


「みんな、みんな。本当にありがとうね!! 空飛ぶ船に乗って現れた、天使様みたいな人間たちだったよ、君たちは!!」


 そういうと、最後の感情の垣根が崩れたように。


 ニュルングは男泣きに大泣きした。

 そうだよな、意に添わず不毛の土地に派遣され。

 動かぬ現地人を動かすために、意に添わず現地人を殺し。

 なんとか徴税を熟すために、非情の人間となっていた日々。

 そこから解放されたニュルングは、大泣きしても仕方ないくらいに、苦しんできたんだ。


「ニュルング・ポルツ。汝がしてきたことは全て相分かった。だが、その上に重ねて我は命ずる。富裕の土地となり始めたエソムの里に、更なる豊穣を齎せ。更にはそれを維持し、安定させよ。我ら地の眷属も、時によっては派遣しても構わぬ。汝が成したことは、それほどに意味ある事。汝の友たるユハナス殿以下の者たちの身柄は、我が一時借りることとする。その縁を結んでくれた汝の働きに対し、我は権限と位階を贈る。ニュルング、汝は今より『大地の農神官長』の一人としての権限と肩書を得る。今後もよくよく働き、大地の豊穣を為し、我らの世界の主、魔導皇ニールヘルズ様に恥じることのない働きを為すのだ!」

「はっ!!」


 アーヴァナさんの位階贈答の言葉を聞き、平伏するニュルング。

 だけど。


 僕らが耳にして驚いたのは。


 ニュルングが贈られた位階よりも、別の。


『魔導皇ニールヘルズ』


 の名前だった……!!


   * * *


 ニュルングが船から下り、残されたのは。

 僕とイデスちゃん、シオンさんとルーニンさん。

 それにレウペウさんとマティアさんの兄妹。


 更に客として、地の魔導司祭のアーヴァナさん。


 僕らクルーは、六人揃って、客たるアーヴァナさんにある質問をぶつけるのだった。


「アーヴァナさん。魔導皇ニールヘルズ、と言う者の話を。聞かせていただいてよろしいですか?」


 僕は、少し怖かった。あの、僕らがこちらに来る理由と動機の元になった、ニール君が消えたときに、ブラックホールに現れた顔に、彼が呼ばわれた。


『魔導皇ニールヘルズ陛下』という。


 称号と全く同じだったから……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る