54.大地の課題
「む……。話を聞くと、いちいち尤も。汝らの行った農法、我ら魔導師の手を煩わさずに、魔力無き一般の民でも立派な働き手になると言う事を証明したといえる。ニュルング・ポルツ。見事な手腕であった」
ニュルングが上がってしまって、全く話にならない様子なので。僕が代表して、地魔導司祭アーヴァナさんに事情やら諸々と、僕らが行った農業のことを告げると。
何やら、優しげな様子になったアーヴァナさんから、報奨を受けたニュルングは。何かすっごい感激した後に、今度はすっごい落涙した。
「ユハナス君、私、辛かったよ。辛かったのよ。でも、報われたよ。君たちのおかげよ、本当にありがとうね!」
「んー。ニュルングさんが最初、農民を殺して脅して使っているときはね。この男、どうしてくれようかと思ったけどさ。ニュルングさんは、土地が豊かならこんな事しないでいいんだ、って言ったし。それを示すように、僕らと一緒に農業をやっているときは、本当に一人も農民を殺さなかったしね。自分の苛立ちを叩きつけて殺している訳じゃないって言うのはわかったから。今後も上手くやってよ? ニュルングさん」
「わかったよ。わかったのよ。私わかった。大地の僕は、ちゃんと休息と食事とを与えて。そして、声をかけて、仕事の成果を認めてやったら、本当によく働くものだって。怠惰の性があるとか言って、体罰や拷問を与えて、殺してしまって労働力を自分の手で失っていた以前の私は、本当にバカだったんだなって!」
「あはは。かんたんな理屈なんだけどね」
ニュルングは、アーヴァナさんとの宴席での妙にうまいお酒を干して、やたらと快い酔いに浸って。
そのうちに、寝てしまった。
「……ユハナス、というのか。君は」
ニュルングが寝た後も、宴席には料理も酒も残っていたので、宴は続いていて。
上席に当たる席に座っている、アーヴァナさんが僕に声をかけてきた。
「君は空飛ぶ船に乗って、この世界にやってきたと聞いた。君の故郷の話。聞かせてはもらえまいか? 興味がある」
* * *
「なるほど、そのような世界があるのか。いや、我らのこのマイテルガルドの貴種に伝わる、伝承によれば。闇の魔導司祭が、世襲で代々伝えていると言われる、新世界創造技術があってな。君の故郷はそれに拠って造られた、新しき世界の一つかもしれぬな」
僕が結構な時間を使って、僕らの元々いた宇宙の話をすると。アーヴァナさんは腕を組んで、何か唸るような顔をした。
「君らが、エソムの里に施した農法や、人間管理手法。それは、その世界で伝わっているものなのだろうな……。ふむ。実に有用であるな」
うん。何言ってるかわからない。アーヴァナさんは、腕を組んで目を瞑って考え続けて。
突然、目を明けると、僕に言った。
「ユハナス君。君たち一行は私の客人になれ。君たちがいることによって、この大地が抱えている課題が幾つか解決するかもしれぬ」
とか。どういう事なんだ?
問う視線を向ける僕に、アーヴァナさんは語った。
「このマイテルガルドには、六つの大族が存在している。我ら豊穣を司る地の族、創造を司る、闇の族。生命を司る、水の族。循環を司る、風の族。そして、活動を司る、火の族。最後に浄化を司る、光の族だ。そして、その大族が三つの類族に分かれる」
僕が、言葉を挟む前に。次の言葉を叩き込んでくる、アーヴァナさん。
「三つに分かれる類族とは、すなわち。人類、神類、魔類。六の大族。三の類族。これらの18に分かれる分類で、このマイテルガルドに存在する者の特徴は決まる」
「は、はあ……?」
なんだろうか? これ、僕の苦手な魔術の類の話だな?
「そう渋い顔をするな、ユハナス君。これが、更に三つの性で別れる。聖性、中性、邪性という心のありようだ」
「えーと……?」
意味が分からない。このアーヴァナさん、何を言い始めるんだ?
「六族の属性力、三類の肉体の差異、三性の心のありよう。この混沌に拠って、この大地には争いが絶えぬのだ。私は、ここに法を通し。世界を統べたいという野望を持っている」
あー。この人マズい。物凄い野心家だ。
「あ、あのー。余計なことかもしれませんけど、アーヴァナさん?」
「ん? 何か? ユハナス君?」
「世界を統べると仰る手法ですけど……。やはり、戦ですか?」
「いや、違うのだよ。戦は、この私は。厭うというよりは、昔にさんざんやったのだ。その結果、別のアイデアがひらめいてな」
「別の? アイデア? ですか?」
「ああ。戦よりも、もっと効果的で悪辣ともいえる手法だ」
そこで、アーヴァナさんは。滴りそうな強烈な色気を表情に滲みださせて笑うのだった。
「大地の産物を。育てる方法で他者よりも抜きんでることだ。同じ広さの土地で、まあ過大に言うが。1しか産み出せない勢力と、10産み出せる勢力があるとしたら? 当然、養える軍隊も、10倍になる。まあ、単純に言えばの話だが。という訳で、その『売るための農法』というものを、私は作っているのだ。これがあるかどうで、一国家の生殺与奪が決まるような代物だよ」
「……農本の、戦い方ですね」
「そうだ。私が通したい法とは、国際法ではないし、力の法でもない。農法、いわば、豊かさを産む法だ。私は、この法を確たるものとして広めて、大地を統べたいと思っている」
むむ、むー。これは、法を以って稼ぐのを良しとしない僕の考え方とは、法を用いるという事で一見は相反しそうだが。
実のところ、『法を商品にする』という形でとらえれば、極端な法を順守させる宗教よりは、自由な考え方を人々に持たせることになる。
「どうだ? ユハナス君。君たち一行は、私の客人となって。しばらく私と共に大地を治める法を、創らないか?」
そんな事を言っている、アーヴァナさん。
これは、受けるべきだな。
僕の商人としての理論と直感が。
両方ともGOサインを出しているし。
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