53.地の魔導司祭

「ニュルング……、貴様っ!!」

「ひょほ? なんでございますかね? 県知事様?」


 うーん。去年の意趣返しのような表情を浮かべている、ニュルングだった。

 僕らが、アビスゲートを抜けて来て。ちょうど一年が過ぎたころになる。

 そのアビスゲートを抜けた先のこちらの世界で。最初に降り立った大地の近くで、僕らは農民を虐待しているかのような農業指導をしていた、エソムの里の農業振興の監督官で、大地神官のニュルングという男と知り合うことになったんだけどさ。

 その農民を虐待することを良くないと思うという、僕らが元々いた向こう側の宇宙の正義感に駆られて僕が彼に主張をすると。そのニュルングという男は、納める税もあり、瘦せて収穫もおぼつかないこの近隣の大地で、何をしたらそんな理屈が通るか、収穫が上がれば、そのような理想も通るのだが。

 などと言う事を言うので、僕らはみんなで相談して、あることを決めた。

 そう、ニュルングの治めるエソムの里の農業収穫を大きくして、農民たちの労働条件を改善させようと言う事を。


 それから、1年。

 様々な僕らの工夫を、最初はブツブツ言いながらも取り入れることをした、ニュルングの治めるエソムの里の農作物の収穫量は。

 なんと、以前から切り替えた農法のお陰で、一気に十倍を超える、とてつもない伸び方をした。

 1年前には、ニュルングはいま会話をしている県知事に作物の取れ高の少なさを酷く責められ、なじられ、バカにされたが。

 今年は、その県知事が完全に呆気にとられ。必死な顔をして農法の事を聞き出そうとしているが、ニュルングはニヤニヤ笑ってのらりくらりと言葉を躱し、核心に触れさせない。


「ひょははは。県知事様? 私のわがまま、聞いていただけますか?」


 そこで、ニュルングは何かの条件を吞んで欲しいと言う事を、県知事に切り出すのだった。


「……仕方なかろう、言え。貴様がやった、この1年間での魔術に近き行い。何としてでも聞きだして、地の魔導司祭様に報告せねばならん」

「にゅははは!! 県知事様、気が合いますな!」

「? 貴様は何を言っているんだ? ニュルングよ?」

「私も、そう思っていたところなのですよ。私が示した、この大成果と大功績!! ぜひ、地の魔導司祭様に奏上していただきたいと思いましてな! 無論その際には、私が憧れ続けている地の魔導司祭様に、この私が謁見できるように取り計らっていただきたい。このわがままは。通りますかな?」

「……くっ!! 貴様のような末端神官が!! 調子に乗りおって!!」

「わがままが通らないのならば。それはそれでいいのです。この度の収穫量も十倍、質も以前をはるかに凌駕するこの麦を。換金していただいて、私は里に戻り。更に自分の地盤を豊かにするだけですから」

「くっそ! 貴様が持ってきた麦は、質量ともに! いわば、重税地帯の産物と同等クラスのものがある! どうやったのかは知らんが、本当に……! 作物の植え付けと収穫を過度にやってしまって、土地をやせ衰えさせて後は知らぬという、アルビン伯爵さまの身勝手の尻拭いをさせられて!! 生涯を終えるはずだった貴様がまさか、こんな形で逆撃を撃ってくるとは思わなかったぞ!!」

「? ほっほう。私の前任のアルビン伯爵さまとは、そのようなお方でしたか。いやいや、酷いお方ですねぇ!!」

「ち……。まあ、いいだろう。確かに貴様がこの質量備えた作物を納められたという事は。土地の再生どころか、豊穣化まで為したことになる。貴様には地の魔導司祭様に謁見する資格は、確かにある。良かろう、取り計らってやる!」

「おほっほ。ありがとうございます、県知事様。これからも、よろしくお願いいたしますね?」

「貴様が権限を伸ばすことがあれば! 見出したのはこの私だという評判を拡げるのだぞ!」

「承知ですよ、県知事様」


 ニュルングと県知事は、随分長く話していたけれど。ようやく話を終えて二人は離れ、ニュルングはこちらに来て話しかけてきた。


「やったよ、ユハナス君、みんな! 地の魔導司祭様に会えることになったよ! これで、謁見をして。上手く説得できれば、私も栄達するし、エソムの里は産物の質がいいと言う事で、都市開発の対象にもなるだろうし、なんにしても人の出入りが多くなって豊かになるよ。よかった。私だってずっと悔しかったんだ! 何も産み出せないような、土の死んだ里に赴任させられて、税や生活の為の薄い収穫を得るために、死にかけの大地の僕を殺して脅してなんとか動かして! 最初はああ言っていたけれど、私だって! 自分の部下を殺す無能はわかっていたんだから!!」


 うーん。悔しかったんだな、ニュルングも。

 部下を殺したのはとても褒められるもんじゃないけど、それでもニュルングは。

 自分が不首尾を追及されて殺されるよりは、という究極の選択で、自分よりも立場の弱いものを殺した。

 そうだなぁ。

 世の中が、そう言ったことを責めるのならば、またニュルングも救われるべき人間だったんだし。

 こっちの世の中がそれを責めない代わりに、ニュルングを殺すこともあったかもしれないとすると、ニュルングがやったことを責めるのは公平ではない。


 僕はそんなことを考えていたりした。


   * * *


「ニュルング・ポルツ。頭を上げよ。私が地の魔導司祭、アーヴァナである」


 さて、あれから三日後。

 地の都の宮殿で、僕らはニュルングに連れられ、地の魔導司祭の前で僕らの行った農法を話すことになった。


「なんでも。たった一年で、やせ衰え果てたエソムの里に、豊穣をもたらしたらしいではないか。私の力を以ってしても、それは実に手間のかかる事。聞かせてもらおうか? 魔導師でもない神官の貴様が、どのようにそれを為したのか」


 ニュルングは、あーあ。

 緊張しきって、ガチガチ。

 まともに喋れない様子だ。


「ニュルングよ。そのように緊張していては何も聞けないではないか? 少し力を抜け。酒は飲けるのか?」


 何というんだろうか。ブラウンのロングヘアーに、堂々たる体つきのグラマーな女性。顔には、涼しげな気品と、目には知性が宿っている。

 だけど、総体として。

 なんだか、役割上は威厳を醸し出しているけれど、本来砕けた気性を持っているという雰囲気が場に満ちていて。

 僕は、この地の魔導司祭という、アーヴァナさんに、力強さと好感を覚えるのだった。

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